【この空の下にE】 P:03


 自分に仕えるように惺に仕えろと言われた秀彬と、そんな風に扱われたくない惺の攻防も、見ている泰成にはとても楽しいものだった。

「惺様っ!そのようなことは、私がいたしますから…」

 お茶のポットを手に取り、湯をたそうとしていた惺に、秀彬が顔を上げた。

「これくらい、何でもないよ。君は忙しくて、僕は暇なんだから」

 何でも自分でやろうとする惺を、秀彬が慌てて止める。そんなことが毎日繰り返されている。

 秀彬は今、泰成の為にそろえた新聞にアイロンをかけていた。そうするとインクが手につかないよ、と教えたのは惺自身。
 この国では普通に行われていることなのだが、秀彬はそれを最近まで知らず、泰成は知っていたが必要だとも思わなかったので、あえて要求はしていなかった。
 しかし惺からそういう習慣があるのだと教えてもらい、ホテルの者にやり方を教わってからというもの、秀彬はそれまでよりも早く起き出して、何紙も購入する新聞に丁寧にアイロンをかけてくれている。
 やはり人間誰しも、便利さにはすぐ慣れてしまうもので。手が汚れる煩わしさから解放された泰成は、以後秀彬がアイロンを掛け終わるまで、新聞を手に取らなくなった。
 いっそう忙しくなってしまった少年に、余計なことを言ったと思ったのか、惺は手を貸そうとするし、秀彬は恐縮して首を振るしで、彼らの仕事を奪い合う姿は、泰成から見ていて、かなり面白い。

「お茶ぐらい、君の手を煩わせるほどのことじゃないだろ」
「ですが惺様…それは私の仕事です」
「こんなもの、仕事のうちに入らないよ」

 誰がやっても大差ない、という惺の言葉に、自分を否定されたような気になってしまった秀彬は、泣きそうな顔で俯き黙ってしまう。

「…秀彬?」
「…私では、お役に立ちませんか…?」
「いや、何もそんなことは」
「まだ出来ないことが多くて、足手纏いになっているのは、わかっているのですが」
「そんなことはないだろ。君は立派に泰成の従者を務めているが、だからといって何でも君が一人でやる必要はないと…」
「でも…お茶を淹れるのは、私たちの仕事の基本なのです…」

 まだ上手く出来ませんが、と呟いてしゅんと肩を下げる秀彬に、惺は仕方なく溜め息を吐いた。

「…ったく…わかったよ」
「惺様?」
「君のお茶が美味しいのは知っている。泰成も外では、君の淹れるお茶が美味しいから他人の淹れたお茶は飲みたくないと、我が侭を言ってるくらいだ」

 唐突な褒め言葉に、落ち込んでいた秀彬の頬がほわりと染まった。