「僕だって、飲めるなら君のお茶が飲みたいんだよ。ただ忙しそうだと思っただけなんだ」
「惺様」
「では、お茶のおかわりを頼むよ。秀彬」
「はいっ!すぐお持ちいたします!」
にこりと微笑んで、いそいそポットを回収してしまう秀彬の後ろ姿を、惺は優しい苦笑いで見つめていた。
二人はこの十日と言うもの、一日のうちに何度もこんなことを繰り返している。
どうにも惺は秀彬のような、素直で可愛い年下に弱いらしい。いつも彼は自分の意見を最後まで押し切れず、秀彬の思うようにさせてやるのだ。
何気なく振り返った惺と目が合った。
泰成は自分の隣に惺を手招くが、彼はそれをあっさり無視して、隣の一人掛けソファーに腰掛けてしまう。
「お前の家は、彼にどういう教育をしているんだ」
「どういうって、素直に育ってるじゃないか」
「あの年であそこまで従順に仕事を勤めるのは、異常なんだよ。気付けそれくらい」
「私に言われてもな」
「もっと遊んでいてもいい年頃だろうに…あの子だったら、三日と我慢できずに逃げ出しているだろうな」
静かな惺の呟きに、泰成は首を傾げた。
「あの子?」
「っ!…なんでもない」
誰かを思い出したのだろう。惺が秀彬に甘いのは、その人物のせいなのかもしれない。
興味はあったが、泰成はあえてそれ以上聞こうとはしなかった。
気になることは、他にある。
「なあ、惺?私も貴方より年下のはずなんだが、秀彬に対するのと同じくらい優しくしてくれたらどうなんだ」
そう泰成が言ってみると、惺は心底嫌そうな表情になった。
「ではお前も、秀彬と同じくらい健気に生きて見せたらどうだ」
「私が、か?…見たいか?そんな私を」
「ああ見てみたいね。やってみろ」
「…どう思う?秀彬」
ちょうどティーセットをトレイに乗せて戻ってきた秀彬に、泰成が面白がって聞いている。少年は心底不思議そうな顔をしていた。
「どうって…そんなの、泰成様じゃないと思います」
「なあ。私もそう思うぞ」
「…秀彬。こいつを甘やかすな」
「あ、甘やかすなんて、そんな」
めっそうもありません、と首を振る秀彬と、溜め息をつく惺。泰成はくすくす笑いながら秀彬の渡してくれた、アイロン済みの新聞を開いた。
素早く目を通してみるが、そこには興味をそそられることが、何も書かれてていない。
「昨日も殺人は起きなかったんだな」