【この空の下にE】 P:05


 泰成が呟くと、惺は眉を寄せる。

「残念そうに言うな。結構なことじゃないか」
「そうか?…こう平和が続いては、貴方の容疑が深まるぞ」

 彼が誤認逮捕された日から、連続殺人はぴたりと止まっている。それは惺が泰成の監視下に入ったからだと言われても、反論しづらい状況だった。
 その証拠に、泰成が惺の身柄を引き受けてから、毎日のように警察関係者が押しかけてくるのだ。相手をしてやるのは面倒極まりないが、おかげで惺を手放さずに済むと、泰成はこっそり微笑んだ。
 しかしその瞬間、秀彬が彼には珍しく乱暴に音をさせて、ティーポットを置いた。

「惺様が犯人なわけがありませんっ」
「秀彬?」
「こんなお優しい方が、無差別に人を殺めたりするはずありません。警察の方はなぜそれがわからないんでしょう…っ」

 悔しそうに唇を噛んで、秀彬はぎゅうっと自分の身体を抱きしめる。
 ホテルを見張り、尋問に訪れる警官たちの相手を、最初にするのは秀彬だ。
 来訪されれば迎えなければならないし、どうやら秀彬が新聞や花を買いに行くのにもついて来て、何かと声を掛けてくるのだと言う。
 毎日聞かされる彼らの、惺と泰成を疑う心無い言葉に、少年の心は耐えられないのだろう。
 日に日に神経を細らせてしまっている秀彬の腕を、惺が優しく掴んだ。

「気にすることはない。僕は大丈夫だ」
「だって…!」
「彼らも彼らで、あれが仕事なんだ。僕たちよりも被害者の家族に会う機会が多いだろう?事件を解決しようと、気が焦っているんだよ」

 だから少しぐらいの横暴は許してやりなさい、と柔らかく笑って、涙を浮かべる秀彬の頭を、惺が撫でている。
 泰成は二人のやり取りを眺めながら、そういえばそうだな、と今までの犠牲者を思い返していた。

「…無差別、か…」

 ぼんやり呟いた泰成の言葉を聞いて、惺が振り返る。

「なんだ?」
「いや…我々には無差別だとしか思えないが、犯人にすれば何か、彼らを選んだ根拠があるのかもしれないな」
「根拠…被害者選びのか?」
「そうだ。この街に溢れる人々の中から、殺された二十八人を選んだ根拠がね」
「しかし泰成、被害者は年齢も性別も職業もバラバラだと聞いたが?」
「ああ。だがそれは関係のない者が見るから、無差別に思えるんじゃないか?犯人にはそういう、目に見えた経歴になど意味がないのかもしれない」