【この空の下にE】 P:06


 泰成の優秀な頭脳には、今までの事件現場と被害者の経歴が、明確に記憶されている。それをなぞるように考えて、ふと引っかかりを感じた。
 誰もが知る経歴に関連がないなら、犯人だけが知る事実はどうだ。
 殺人鬼の中でのみ成立する法則というのがあるなら、それは……

「泰成?」
「…ああ、なるほど」
「なんだ」
「いや…何でもない」

 今までなぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。泰成は口を開きかけたが、首を振って何も言わずに黙り込んだ。
 しかし押さえ切れなくて、にやりと歪んでいる泰成の口元。それを見て、惺は厳しい表情になる。

「…わかったことが、あるんだろ」
「さてね」

 詰め寄るために近づいてきた惺の身体を逆に捕らえ、泰成は自分の隣に座らせて、笑いながら抱きしめた。

「泰成」
「なんだ?」
「お前…まさか、事件の真相に気付いたのか?犯人の正体が…」
「そこまではわからないな」

 難解なパズルを解いた感覚だ。
 泰成はくすくす笑いながら惺の髪を弄って、目元に唇を寄せる。しかし惺から強い力で押し返され、肩を竦めた。

「簡単なことだ。先入観を持つから、ややこしくなる」
「先入観?」
「ああ。人を殺すのは大変な罪だとか、そこには何かよほどの事情があるはずだろうとか、な。そんなものは、我々の先入観に過ぎないだろう?」
「では何か、他に理由があるとでも?」
「まあな」
「おい…わかったんなら、警察に…」
「そこまでしてやる義理はない」

 きっぱり言い放った泰成に、惺は目を見開いた。信じられない、と震える唇を塞いで、泰成は楽しげに笑っている。

「どうせそのうち、気付くだろ」
「何を言ってるんだ!警察が気付く前に、次の犠牲者が出たら…」
「それは不幸なことだと思うが、犯人を特定できたわけじゃない。警察もどうせ、私の言うことなど信じないさ」
「お前は…最低だ…」

 吐き捨てるように言われたが、泰成は気にした様子もなく惺の身体を抱き寄せる。

「あんたに言われたくないな」
「…なんだと?」
「他人のことなどどうでもいい。自分が疑われても気にならない。あんただってそうだったじゃないか。惺が犯人として捕らえられていたら、殺人鬼は野放しのままだったんだぞ。私とどれほど違うんだ?」

 結局は同じことをしているんだと責められ、惺は口を噤む。