出来のいい自分の詭弁に、泰成は笑っていた。今、彼が考えているのは一つだけ。惺のことだけだ。
被害者選びの根拠を警察に教えてしまったら、容疑者ではなくなった惺を手放すことになる。
人探しを手伝う約束はしているが、肝心の占い師は役に立たないし、惺自身がそこまで人探しに固執していないことは目に見えていた。今の所、惺を引き止めて一緒にいられるのは、殺人鬼が捕まるまでだ。
まるで自分から動こうとしない泰成を、悲痛な声で呼んだのは、最近まで自分の気持ちすら言葉に出来なかった、年若い従者だった。
「泰成様っ」
「…なんだ?」
泰成が訝しげに顔を上げると、青くなっている秀彬がそばへ来て膝をついていた。見上げる視線に、縋るような色が浮かんでいる。
「どうした」
「警察へ、行ってください」
「…何?」
「お気づきになったことを知らせに行ってください!ご面倒なら僕が行きます。教えてくださいっ」
「秀彬…」
「今夜にでもまた、誰かが殺されるかもしれません。一刻も早く、犯人の情報を警察へ…」
「必要ない」
「泰成様!」
必死に言い縋る秀彬を見て、泰成は苦笑いを浮かべると、彼の頭を撫でてやった。
「お前が気にすることはないよ」
「そんな…っ」
「私たちには関わりのないことだ。ここにいれば危険はないから、何もしなくていい。お前は美味しい茶菓子でも用意してきなさい」
幼い少年を宥めるように言うが、彼は首を振って立ち上がり、真剣な眼差しで泰成を見つめた。
泰成が自分の主であることも、生涯を捧げる絶対君主であることも、彼にはわかっている。しかし、だからこそ。笠原家に仕え、泰成を支えていく者として、黙るわけにはいかないのだ。
「…人が、死んでいるのですよ」
怖がりの秀彬だが、今は泰成に怯えることなく、静かに言葉を紡いだ。
「秀彬?」
「その方を失って、周囲の方はどれほど嘆き、悲しまれたでしょう。人を殺めるのは何を理由にしても、許されることではありません」
いとけない瞳から、涙が落ちてくる。惺も黙って少年の言葉を聞いていた。
「犯人を捕らえられるのに放置するのは、許しているのと同じことです」
「お前…いつから私にそんな口を利くようになったんだ?」
すうっと泰成の目が鋭くなる。
しかし秀彬は、一歩も引かなかった。