「いいか。本当に強い者というのは、大きな権力を持っている者でも、人一倍金を持っている者でもない。秀彬のように自分以外の誰かを思いやって行動を起せる、勇気を持った人間のことだ」
「惺…」
「お前に迷惑がかからぬよう黙って、たった一人この部屋を出た。彼の勇気に比べたら、お前の持っている力など、力と呼ぶのもおこがましい」
厳しい批判の言葉に返す言葉がない。
うろたえる泰成に、惺はさっきまで自分が手にしていた書面を差し出した。
その内容に、息を飲む。
この国の言葉で書かれたそれは、惺への呼び出し状だった。
少年を預かっている、と。
惺が一人で自分と最初に会った場所まで来れば少年を解放する、と。
その書面には、神経質な字で脅迫めいた言葉が綴られている。
「せ、い…これは」
「二時間ほど前に届いたものだ」
「待ってくれ!行く気なのか?!」
「他にどうする」
「罠に決まっているだろう?!」
「決まってるだろうな」
「惺!」
「なら他に、どうする。これまでそいつが何人殺したか忘れたのか?今は秀彬の安全が第一だ」
「それは…そうだが…し、しかし」
要求に従うのが一番いい方法だと、泰成にもわかっている。しかし従えば今度は、惺が危険に晒される。そんなことを許すわけにはいかない。
「貴方は、どうなる」
「さてね」
「やめてくれ!貴方が傷つくことなど、耐えられないっ」
「幸いにも僕は、どんなに死にたくても死ねない身体だ」
「惺っ」
「…無様だな、泰成」
苦い笑みを口元に刷き、惺はじっと泰成を見つめていた。
常に余裕の笑みを浮かべ、力を自負していた泰成。誰を傷つけても平然としていた彼は今、身動きできない痛みに眉を顰めている。
「いいか、泰成。大きな力を持つと言うことは、それだけ大きな責任を負わなければならないのだと、覚えておけ」
「………」
「お前の父は、祖父は、大きな力を自分の為だけに使っているか?お前の振るう力は誰が支えているんだ。お前の為に働く者がいるなら、彼らに対してお前は責任を負わなければならない」
自分の全てを投げ打って泰成に仕えていた少年。彼は正義感だけで、ここを一人出て行ったのか?
それは、違う。
泰成に仕える者として、泰成を守り支える者として、主人を間違った道へ進ませることは出来ないと思ったからだ。