「代々続く来栖家の忠義を、お前は何もわかっていない。彼らが笠原家に仕え続けるのは、ただお家大事の為だけか?そんなはずはない。それだけが理由で、何代もに渡り忠義を捧げることなど出来なかったはずだ。人間はそこまで、馬鹿正直な生き物じゃない」
惺はふうっと息を吐き、秀彬の作った資料を見つめた。
彼が几帳面な人間だと教えてくれる切抜き。それは彼が、泰成の為に作ったもの。
「来栖家の人々は、自分の主人を一番そばで見つめ、彼らを認めて仕えたんだ。代々笠原家の当主は、忠義を捧げられるだけの人物だったということだろう?」
「惺…」
「…秀彬のために今、お前が出来ることは何だ。しなければいけないことを、考えなさい」
静かな言葉に諭され、しばらくの間泰成は自分の足元を見つめて動かなかった。
これだけ言っても伝わらないか、と諦めて、惺が部屋を出て行こうとしたとき。泰成はおもむろに立ち上がり、そうして惺の前に回ると、ゆっくり膝を折る。
「泰成…」
「申し訳ない」
「………」
「貴方を危険に晒すと、承知の上でお願いする」
床についた手が震えていた。
彼の馬鹿高い自尊心は、こんなことを許すはずがない。それでも泰成は跪き、頭を下げて惺に懇願する。
「秀彬を、助けてやって欲しい」
「…ああ」
「あの子の為に、手を貸してくれ。秀彬が戻れば何でもする。全力で貴方を助けると誓うから…頼む」
声が、肩が、震えている。
出会ったときから尊大に惺を振り回していた泰成。
何でも思うままにするのだと、我が侭な彼の言動はずっと惺を苛つかせてきた。しかしそれを自覚していない彼は、いつも屈託のない笑みを浮かべて惺を見つめる。
無邪気で残酷な子供っぽさと、理知的で傲慢な大人っぽさ。泰成が魅力に溢れているのは、きっとそういう二面性を持っているからだ。
この世界のことは何でも知っているつもりの泰成。きれいに見える裏側が汚れていることにも気付いているくせに。彼は意外なくらい、この世の美しい部分ばかりを見て育っている。
秀彬もきっと、そんな泰成だからこそ従っているのだ。もしかしたら少年の方が、もっと辛い現実を知っているのかもしれない。
惺は泰成の肩に手を置き、彼を立ち上がらせて、そばにある一人掛けのソファーに座らせてやった。
「もういい。わかった」
「惺…」
「ようやく本当に大人らしい顔をしたな」