【この空の下にF】 P:09


 優しく笑う惺の手を握り、泰成は額を押し付けた。
 大人の顔なんてしているはずがない。今の自分はどれほど情けなく、餓鬼っぽい顔をしていることだろう。それこそ坊やと呼ばれても仕方ないような。
 でも、だからこそ。
 自覚しているからこそ泰成は、子供っぽい我が侭を口にした。

「…本当は、行かせたくない」
「そうか」
「本当なんだ。私でいいなら、私が向かいたい」

 心の底からそう思う。
 要求が誰でもいいというものなら、迷いもなく泰成は自分で行くだろう。
 初めて自分から欲しいと思った人。切ないという気持ちを、愛しいという気持ちを教えてくれた人なのに。
 命さえも危ぶむような場所へ、泰成自身が彼を送り込もうとしている。
 ぎゅうっと手を握り、苦しげに言葉を吐く泰成の頭を、惺は空いた手で撫でてやった。

「お前の言葉を疑ってはいないよ。だが今は秀彬のことが優先だ」
「…ああ」
「残念ながら誰も、僕を傷つけることは出来ないからな」

 苦笑いで零した言葉に、泰成は弾かれたように顔を上げる。

「傷つくのは身体だけじゃないだろう!」
「泰成…」
「貴方は痛みを感じる。身体だって…傷つかないんじゃない…治るというだけだ…」

 今まで何度も強引に抱いて、そのたびに知ったこと。
 惺の身体はけして傷を負わないわけじゃない。傷つけられて、なおそれが治るというだけ。
 残される痛みに彼が苦しむのを、泰成は何度も見ている。

「それがわかっているのに…貴方を行かせることしか、出来ないなんて…」

 ―――どこまでも、無力な。
 今の自分には、一人安全な場所で二人を待っていることしか出来ない。
 悔しそうに唇を噛む泰成を、惺がゆったり抱きしめた。

「もういいと言ったろう」
「惺…惺、行かせたくない」
「それもわかった。しつこい」
「しつこいって、あんたなっ!」

 人が生まれて初めて自分の無力さを突きつけられ、感傷的になっていると言うのにこの男は!
 むっとして泰成が見上げた先で、惺がニヤニヤ笑っていた。

「やっと調子が戻ったな」
「あんたが言うなっ!」
「いつまでしおらしい態度でいられるかと思ったんだよ。…助けに来るんだろ」

 惺に言われ、泰成は溜め息をついて、ようやく笑っていた。
 いつもの余裕のある表情で。

「惺、行く前にありったけ情報を置いていってくれ」
「情報?」