もちろんその前に警察にも寄ったが、彼らがすぐに動けないのはわかっていた。
いまだ物的証拠が何もない上、相手は市長だ。そうやすやすとは行動を起せまい。
仕方ないことをいちいち責めるのはやめて、泰成は一人で惺を助けに向かう。とりあえず自分の言葉を信じてもらえただけでも収穫だった。
泰成は警察署へ赴くと、まず秀彬を保護してくれたときに会ったミセス・ブラウンを名指しにして、事情を聞かせた。彼女なら泰成の言葉を疑わず、公正な捜査を行ってくれるだろうと思ったからだ。
やはり予想したとおり、彼女はけして余計な口を挟まずに泰成の言葉を聞き、市長と行方不明になっている子供たちのことを調べると、約束してくれた。正直に「自分はこれから市長の元へ行く」と告げた泰成を止めることはせず、自分たちも出来るだけ早く駆けつけるから、と言って送り出してくれたのだ。
今すぐにでも泰成と一緒に飛び出したいのだろう、身動きできない官憲の立場が悔しくて、指先を震わせるミセス・ブラウンのことを、泰成も信じることにした。
今まで毛嫌いしていた警察の中に味方を得たことで、行動を起す準備は整った。
事件はようやく解決に向かい、動き始める。
泰成は日が翳る時間を待って、屋敷の裏へ回った。
門番の二人がそうであったように、この屋敷の者は皆、仕事を仕事と割り切り、それ以上のことをするつもりはないようだ。大きな屋敷だというのに、裏へ回れば人影はなく、本気で警備をしているとは言いがたい。門番にしても、世間体のために置いている程度なのだろう。
門番たちは市長がこの数日、出掛けていないと言っていたが、秀彬を攫った彼が、屋敷を抜け出していたのは明白だ。
「笠原家がいかに恵まれているか、こんなところで知るとはね」
ぼそっと呟きながら、高い鉄格子の柵をよじ登る。
笠原の屋敷がこんなに手薄になることなど、ありえない。それは屋敷で働く者が、本気で自分たちを守ろうとしてくれている結果だ。
そんな当たり前のことを、祖国から遠くはなれた空の下で知る。
今までずっと、泰成は自分が一人で生きているような気になっていた。
しかし今ならわかる。自分はたくさんの人々に守られ、庇護されて、我が侭を許してもらってきたのだ。