彼らは祖父の、父の為、笠原家の為に、自分のような我が侭な子供にも尽くしてくれる。
……少なくとも、現時点では。
―――変われるだろうか?自分も。
彼らの忠誠に見合うだけの当主にならなければ。自分の代で見捨てられたら、しゃれにならない。
「変わらないとな…」
努力は嫌いなんだがね、と苦笑いを浮かべながら、泰成は必死に柵を越え、目指す屋敷の裏庭に降り立った。
木の陰に立って辺りを見回してみると、門番たちの話していた離れは、すぐそこに建っていた。
そうっと近づいて、様子を窺う。
本来はゲストを泊めるための建物なのだろう。思っていたよりも豪華なつくりだ。
さてどこから侵入したものか。
思案する泰成の耳に、男の怒鳴る声が聞こえてくる。
「死ね!死なぬかっ!!」
殺意の篭った悲鳴のような声。その声が向かう先は惺だと、気付いた途端いつも冷静なはずの泰成はかあっと血が上って、目の前の窓ガラスを叩き割っていた。
もう作戦も何も、あったものじゃない。
早く惺の姿を確認したい一心で、泰成は何の準備もなく、中へ飛び込んでしまう。
「惺!」
泰成が叫ぶと、飛び込んだ隣の部屋から物音がした。素早くそこへ駆け込む。
「き、貴様っ!どこからっ」
「惺…っ!」
暖炉のある広い部屋。
その一番奥で、泰成の大事な人を抱え込み、背の高い男が銃を握ってこちらを向いていた。
がっしりとした体つき。脅迫状の神経質な字が信じられないくらい逞しい腕。この男なら、被害者たちの喉を一刀の元に裂いていたとしても、おかしくはない。
焦りと不安に息を切らせていた泰成は、目の前の状況に少しずつ冷静さを取り戻していく。
見覚えがある、にぶい金色の髪の男。
泰成の金で何でも言うことを聞いていた市長が、震えながら惺を抱え、その頭に銃を突きつけている。
ぐったりしている惺が、顔を上げた。
目が合ってやっと、泰成は不安を怒りにすり替えることが出来た。
「無事、ではないようだな」
やはり惺の身体には傷一つないが、白かったシャツは赤く染まり、黒髪でもわかるほど血がこびりついてしまっている。
自分が傷つけられたかのように苦痛の表情を浮かべる泰成を見た惺は、少しばかりほっとした表情を浮かべて、微笑んだ。
「大したことじゃないさ」
「あんたの言うことは信用できない」
「なんだと?」