【この空の下にH】 P:06


「血みどろになってまで、平気な顔をするな。そんな姿を秀彬が見たら卒倒するぞ」

 泰成の口から秀彬の名を聞いて、惺が心配そうに眉を寄せる。

「…秀彬は?」
「無事だ。ホテルで休ませている」
「良かった…」
「貴方が自分の身代わりになったと、気に病んでいるようだ」
「ああ…最初は自分もここにいると言って聞かなかった。言い聞かせるのに、手を焼いたぞ」
「珍しい体験をしたな、惺。私はあの子が我が侭を言うところを見たことがない」
「お前が言わせないんだろうが」
「そうとも言うかな?」
「もっと反省しろ」

「うるさい!私を無視するなッ!!」

 平然と母国語で会話を続ける東洋人たちに、業を煮やした市長は声を上げた。しかし惺といつも通りの調子で言葉を交わせた泰成は、ようやく自分のペースを取り戻して、市長を傲然と見遣る。

「話に入れて欲しいのかね?」
「な…っ!何を言って」
「仲間に入りたいなら、そう言えばいいだろう。まあ、頼んでも入れてやらんがな」
「き…さま!馬鹿にするな!」
「そんなに仲間に入りたかったか?…困ったな。あんたみたいに頭の悪い人間とは、口を利かないことにしているんだ」
「な…な…っ」
「いやいや気を悪くしてくれるな、家訓なのだよ。馬鹿に貸す耳は無い、と…しまった、さきほど馬鹿にするなと言ったか?これは失礼。つい根が正直なもので、思ったことが口をついてしまう」

 実は初めて会った時から、そう思っていたんだ、なんて。状況を弁えず、自分勝手に喋る泰成の態度に、怒りで顔を赤くした市長は、思わず銃口を惺から離し、泰成の方へ向けた。

 待っていたのは、この瞬間だ。
 泰成は素早く市長との距離を詰め、銃口を天井へ向ける。
 大きな銃声がしたが、天井が穿たれるのを確認する間もなく、泰成は市長の手から銃を弾き飛ばし、鳩尾に拳を叩き込んだ。

「ぐ…っう」

 低く唸って、泰成より恰幅のいい男が崩れ落ちる。あっけなく気を失った、その邪魔な身体を蹴り転がし、ようやく惺を振り返った。

「遅くなって、悪かった」

 にこりと微笑む泰成を見上げ、惺は思わず笑ってしまう。

「お前は…本当に。人を苛立たせる事に関しては、右に出る者がないな」
「そうか?確かにこれだけは、人に負ける気がしない」
「…褒めてないぞ」
「残念だ」