軽口を叩きながら惺を抱き起こし、後ろ手に縛る縄を、取り出したナイフで切ってやる。ようやく自由になってほっとしている惺を、思いきり抱きしめた。
「泰成…」
「手酷い仕打ちを受けたな…とりあえずこの男、殺しておくか?」
「めったなことを言うな。僕が大丈夫なのはわかってるだろ」
「わかっていても、許せるわけじゃない」
抱きしめた背中をするっと撫でて、惺が腕の中に戻ったことを確かめる。
確かに傷は残らない。誰もこの人の命を奪うことは出来ない。わかっていても、血で濡れたシャツに触れれば、収まった怒りが蘇ってしまう。
泰成は自分の気を静めるように、惺の顔を上げさせ、口付けた。唇の端についた血を舐め取って、髪を梳く。いつもはさらりとした髪が、血で固まって引っかかる。
自分の手が真っ赤に染まったのを見た泰成の瞳に、憎しみが沸いた。
「そんな顔をするな」
「惺…」
「自慢じゃないが、こういう輩には慣れている。殺意に殺意で応じることがどれほど愚かか、僕は誰より知っているつもりだ」
「………」
「お前がそんな顔をすることはない。彼はこの国の法で裁かれる。それでいいんだ」
酷い目に遭ったのは自分だというのに、惺はそんな風に言って泰成を宥める。見つめる先の落ち着いた瞳に、泰成は自分たちの間に流れる途方もない時の差を感じたように思った。
どんなに辛くても、死ぬことは出来ないのだ。この人は一体どれだけの時間を、生きてきたのか。
「しかしまあ…確かに疲れた」
ぽすっと逞しい胸に頭を預けた惺の肩を抱いて、泰成はようやく頬を緩める。
「ああ、帰ろう。秀彬が待っている」
「あの子の淹れたお茶が飲みたいな」
「貴方が身体を流して、着替えている間に用意させるよ」
ゆっくり惺の身体を離し、コートを脱いで細い肩に掛けてやる。袖を通そうとしていた惺はふいに顔を上げ、咄嗟に泰成の腕を取って力強く引っ張った。
「泰成っ!」
直後に響く、銃の音。
いきなり腕を引かれて体勢を崩した泰成は、何とか踏みとどまって、ぐらりと傾いだ惺の身体を抱き止めた。
「惺、惺っ」
「っ…だい、じょうぶ、だ」
惺を支えたまま膝を折り、泰成はじわりと濡れていくコートを開かせる。打ち抜かれた惺の肩。そこはすでに、再生が始まっていた。