【この空の下にI】 P:04


 いいんだ、と言いかける惺の唇を軽い調子で塞ぎ、泰成はにこりと微笑んだ。いたずらを思いついた子供のような、泰成の表情。久々にそういう顔を見せられて、惺は首を傾げてしまう。
 泰成は惺に沈黙を促すと、何気ない口調で秀彬と話すシルヴィアに声を掛けた。

「なあ、エマ」
「何よ」

 咄嗟に返事をして振り返ったシルヴィアが、はっとして顔色をなくしている。
 立ち竦む彼女と、驚きを隠せない惺を見て、泰成は満足げに笑った。

「やっぱりな」
「ち、違…これ、は」
「エマなんだろ?」

 確かめる言葉に答えられず、俯いて手を握り合わせるシルヴィアを見上げ、秀彬が不思議そうに「エマ?」と呟いた。

「シルヴィアさんは、エマさんとおっしゃるんですか?」
「どういうことだ、泰成」
「聞いたとおりだよ。惺が探していたエマは、シルヴィア自身のことだ。…秀彬、彼女を連れておいで」
「はい」

 そっと手を取り、ソファーに座るよう促す秀彬を、シルヴィア……エマは泣きそうな顔で見つめていた。その表情からは、この一週間の夢が終わってしまうとでも言うような、絶望的な悲しみが窺える。
 そばに膝をつき、秀彬はぎゅっとエマの手を握った。

「大丈夫です」
「ヒデアキ…」
「大丈夫ですよ、エマさん。そんな顔なさらないで下さい」
「でも、私」
「私の主人はけして、貴女を悪いようになどなさいません。だから、安心して」

 ね、と微笑む秀彬を見つめ、エマは意を決したように顔を上げた。
 顔色の悪い彼女と、優しく微笑む秀彬を見て、泰成は黙って頷く。驚いている様子の惺も、泰成の言葉を待っていた。

「もう一度聞くが、貴女が惺の探していたエマだ。間違いないな?」
「…ええ。シルヴィアは、あの娼館に入ったとき、つけられた名前だから…」

 祈るように手を組み、自分をエマだと認めた彼女を見て、惺は少し眉を寄せた。

「いつ気がついたんだ、泰成」
「そうだな…違和感を感じたのは、彼女が占えないと言ったとき。確信したのは彼女をここへ連れて来てからだ」

 泰成に要請され、惺の探し人を占おうとした彼女は、何かに怯えた様子を見せたかと思うと、激しく占いを拒絶して、泰成の前から立ち去った。
 あの時、怒りに顔を強張らせていた泰成だが、頭の中では冷静にその様子を観察していたのだ。