【この空の下にI】 P:06


 動揺する惺を見つめ、秀彬は穏やかに微笑んだまま頷いた。

「驚きはしましたけど…でも、惺様にお怪我がないと聞いて、ほっといたしました」

 市長の屋敷から惺を連れ帰った泰成は、秀彬に惺の話を聞かせたのだ。
 惺の傷はすぐに癒えてしまうこと。
 彼は自分たちと違う次元で、長い時間を生きていることを。
 泰成はさらさらした惺の髪に指を絡め、軽く引っ張ってその顔を覗きこむ。

「この子はそういう子だよ。知っているだろう?」
「泰成…」
「もっとも私も秀彬も、エマの見たもの、惺の過ごしてきた時間を、現実的に捉えているわけじゃないんだろうさ」

 自嘲気味にそう話し、惺の手を取って柔らかく口付けた。

「たかが二十年にも満たない、私のささやかな人生で、惺の長い長い旅を想像することは出来ない。貴方の痛みも哀しみも、私は知ることが出来ない」
「………」
「だから、私にとっての惺は、今ここにいる貴方だけだ」

 微笑む口元を裏切って、泰成の目は真摯に惺を見つめていた。
 今までにも必死に惺を理解してくれようとした者はいたが、こんな風に堂々と、わからないことを表明した上で手を取った人間はいない。
 何もわからなくても、自分の目の前に貴方はいるんだ、と。そう言って貰えたような気がして、頑なな惺の表情が僅かに緩んでいた。
 少しだけ力を入れて、泰成の強い手を握り返す。

「ああ…そうだな」
「何度も言うがね。私ほど役に立つ人間はそうそういないと思うぞ?この手を離してしまうのは、早計だと思わないか」
「泰成…」

 事件が解決し、エマを見つけた。
 全てが終わったら「消える」と言っていた惺に釘を刺した泰成は、肩を竦めて笑うと「まあ、エマの件が先だ」と呟く。

「惺、エマを探していた理由を聞いても構わないか?」
「ああ」

 そうっと泰成の手を離し、惺はどこかまだ怯えた顔をしているエマを見て、息を吐いた。

「君から数えて、何代も前の人物と僕に親交があったことを、君はもう知っているんだね?」
「ええ…」
「そうか」

 少し思案するように腕を組み、視線を下げていた惺は、しばらくして顔を上げるとエマに優しく微笑みかけた。

「…僕が君に渡したいのは、元々君の祖先に当たる人物の、雇い主が所有していたものだ。君の祖先は僕への贈り物としてそれを預かっているのだと言って渡し、すぐに亡くなった。雇い主の方の系譜は途切れ、もう受け継いでもらえる人間は君しかいない。どうだろう、受け取ってくれるか?」

 穏やかだが、いまいち要領を得ない惺の言葉に、なんと答えていいかわからず、エマが戸惑った表情になる。二人に間に口を挟んだのは泰成だった。