【この空の下にI】 P:09


 自室に消えていった秀彬は、ほどなくして大きな地図を手に戻ってきた。

「この街へ来てから購入したものなのですが…これで、よろしいですか?」

 てきぱきとティーカップを回収し、テーブルいっぱいに、持ってきた地図を広げようとしていた秀彬は、端の方においてあった封筒をどうしたものかと見つめる。
 それに気付いた泰成は、封筒を自分の横に素早く回収した。

「これの話は、後でいい」
「はい」
「それにしてもお前、こんな大きな地図を買ってどうする気だったんだ?」
「この国の地理が全然わからなくて…少しでも覚えようと思ったんです」
「本当にお前は真面目だなあ」
「少しは見習え」

 嫌味をかかさない惺はそう呟いて、地図を見つめると南の方へ目を走らせ、ある一点を指差した。

「ここだ」

 そう指し示された場所を、泰成たちも覗き込む。

「海のそばなんですね」
「ああ。この岬の先端にある屋敷と、周辺の土地だ。管理は近所の者に任せてある」
「随分と離れてるんだな…相当な田舎じゃないのか?」
「まあな。海産資源は豊富だが、ここよりも随分と田舎なのは確かだ。どうする?」

 惺に引き継ぐ意思はあるかと問われ、エマが再び困惑した表情になる。唐突な話で彼女にも、どうしていいのかわからないのだろう。

「でも…そこは、貴方に贈られた場所なんでしょう?」
「確かにそうだが…僕には受け取る資格がない。屋敷の主はとうに亡くなり、彼女を孤独のうちに死なせたのは、僕なんだ」
「惺…」

 泰成の隣で、惺は僅かに目を細めて、遠い日々を思い出すような顔になった。
 悔恨と絶望がない交ぜになった表情。
 心配そうに見つめる泰成の視線に気付いて、惺は辛そうに微笑む。

「終わったことを嘆いても仕方ない。あの頃の僕は、あまりにも愚かだった。自分の行いがどんなに周囲を傷つけるか気付かずに、最悪の事態を迎えたんだ」
「最悪の事態?」
「何物にも変えがたい罪。購うことすら許されない、罰する者もいない。僕がこの身に負うのは、そういうものだ」

 自嘲に歪む惺の口元。泰成はそれを見ていられなくて、細い腕を引き寄せると、唇を塞いだ。
 いつもなら赤くなって逃げてしまう秀彬も、呆れた顔になるエマも。誰も泰成を止めようとは思わない。そう出来る立場にいるなら、誰もが泰成と同じようにしたかったのだから。

「んっ…や、め」