緩い力で泰成を押し返す惺の手を握り、唇を離して、泰成は怖いくらい真剣な視線で間近に惺の瞳を見つめたまま、口を開いた。
「エマ、受け取っておけ」
「わかったわ」
「秀彬、明日ここを発つ。エマと一緒に街へ出て旅支度の準備を来い」
「かしこまりました」
勝手に決めてしまった泰成の言葉に頷いて、二人は静かに立ち上がる。
ぱたん、と閉まった扉の音を聞き、惺は困惑げに泰成を見上げていた。
「泰成…」
「来るななどと言うなよ、惺。今の貴方を一人にすることなど、出来るはずがない」
「お前には、関係のないことだ」
「知っていると思うが、私は我が侭な性格でね。秀彬もエマも、貴方も。誰が傷つくことも許さない。どんなに本人が構わないと言っても、私が許さない」
「………」
「私では貴方を救えないと言ったな?では誰なら救える。貴方はその人物を知っているはずだ」
「探す必要はない」
「あんたが決めることじゃない。私の行いは私が決める。言ってみろ、あんたを救えるのは誰なんだ」
「僕は救いなんか望んでない。許されたいなんて思わない!」
声を荒げ、惺は何かから逃げるように、何かを拒絶するように、激しく首を振っていた。
罰する者すらいないと惺は言う。
しかし泰成の抱きしめる人を傷つけ、罰しているのは惺自身。泰成には惺だけが彼を許さないのだと思えて仕方ない。
「もう僕に関わるな!どうせお前も先に逝くくせに!!」
悲鳴を上げるように叫んで、惺は身を捩り泰成の下で顔を覆った。
ゆっくり身体を起こした泰成は、痛ましげに惺を見つめる。
最後の一言が彼の本心なのだろう。
誰であっても、死ねない彼と永遠を共にすることは出来ない。惺は必ず周囲の者を見送るはめになる。
そうやって少しずつ少しずつ、心を削り尖らせて、人と関わることを恐れ避けてきた。孤独に身を裂かれながら、今日と変わらぬ明日を生きていかなければならない。
彼を救えると言う人物が、彼を解放できる者のことなのか、彼と一緒に生きられる者のことなのかすら、泰成にはわからないけど。
泰成だけが、わかっていることもある。
「…長生き、しないとな」
「たい、せい?」
「あとは、せいぜい権力の道でも登ってみるか」
「何を言って…」