自分を傷つけ続ける自虐的な惺を、そのまま受け入れられる自分になる為、手に入れなければならないもの。
時間と、力と。あとは何だろう。
泰成は息を吐く。
少なくとも想いだけは、十分に持っているつもりだ。
顔を覆っていた手をゆっくり離し、意味がわからないと訝しげな表情を見せる惺に、泰成は優しく笑った。
我が侭で好き勝手に生きる御曹司。
誰より自分が強いのだと、井の中の蛙であることも知らずに、偉そうなことを口にしていた泰成。
しかし今、彼の瞳にある光は確かに、誰よりも力強く輝いて見える。
泰成は自分が持って帰って来た封筒を、惺に押し付けた。
「なんだ」
「あんたのだ」
「僕の…?」
困惑する惺が中を確かめると、そこには惺の名の入った旅券や、彼の身分証となるものが入っていた。
「これ、は」
「あると便利だろ?さすがに笠原の名は大きすぎて、貸してやれないんでな。とりあえず来栖の姓を使ってある。秀彬は了承済みだ」
「待て、一体どうやってこんなもの」
「どうとでもなるさ。惺の好きなように、役立ててくれ」
「しかし…」
「今の世の中じゃ、こういう物がないと、いちいち行動を制限されてしまう。…これがないと貴方を祖国へ連れて行くこともままならない」
「…僕は、帰る気など…」
「そのうちだよ、そのうち。気が向いたときにな」
屈託なく笑う泰成は、呆然としている惺から離れ、窓を大きく開いて冷たい外気を部屋へ入れた。
見上げれば、珍しいくらいの快晴。
突き抜けるように青い空が、泰成を見下ろしている。
「なあ、惺。いくらあんたでも、この空の下から逃げることは出来ないよな」
「…当たり前だろ。僕は単に、死ねないだけだ」
「結構。なら私は勝手にさせてもらう」
「どういう意味だ」
「惺がどこまで逃げ回ろうと、私は必ず貴方を見つけ出し、振り回してやると言ってるんだ。覚悟しておいてくれ」
「泰成…」
「好き勝手に会いにきて、好き勝手に貴方を守る」
「…………」
「たとえ私が死んでも、笠原の名を持つ者が、必ず貴方を守る。何代先の子々孫々でもな。そのためなら私は、悪霊にでも怨霊にでもなるさ」
窓枠に手をつき、惺を見つめる泰成は晴れやかに笑っていた。