【この空の下にI】 P:12


 来い、と手を差し伸べられ、惺はふらふらと立ち上がり、その手に縋ってしまう。
 泰成の言葉に頭がついていかない。
 気持ちや思考より先に、身体が反応していた。
 逞しい腕に包まれ、身体を預けた所で正気に返った惺は、しかし逃げ出そうとはせずに、溜め息を吐く。

「…迷惑な話だ」
「ははは!貴方のそういう、嫌そうな顔が好きなんだよ。とりあえずはエマと惺を、海辺の町まで送っていかないとな」
「来るのか。やっぱり」
「当然だろう?断らない方がいいぞ、惺。私に付け回されるのは、連れて行くより面倒だと思うね」

 思えば出会ったときから泰成は、こんな風に聞き分けのない子供の顔で、惺に笑いかけていた。
 仕方ないと諦めの表情を浮かべ、惺も頬を緩ませる。

「出発は明日だ。我々も今から街へ出て、着替えくらいは調達するか?」
「そうだな」
「途中で秀彬たちを見つけたら、名残りに茶でも飲むことにしよう。この街のくどいくらい甘い茶も、飲み収めだ」

 行こうと肩を抱いて促され、惺は泰成の子供っぽい笑顔と、頼りがいのある腕に包まれて歩き出す。
 永遠に何も変わらないかと思っていた痛いばかりの日々は、少しずつ少しずつ暖かな光に向かい、流れ始めた。
 
 
 
 その先で待つ少年の姿を、この時の惺はまだ知らない。
 一途な目をして彼に心を捧げ、全てを投げ打ってでも抱きしめる存在。手のひらに星を掴む彼に出会った時、惺は自分の歩いてきた日々の意味を、初めて知ることになるだろう。

 もう少し先に待つ、優しい日々の訪れまで。惺は泰成に守られて、生きていく。


《了》