「ここんとこ確かに、貰いもんのケーキ続いたもんな。一琉ちゃんも食いたくねえなら無理しないで、そー言えばいいのにさ。ま、新任教師じゃまだまだ気ぃ使うってとこ?」
うちの生徒会には、毎日のように色んなところから差し入れが回ってくる。今みたいな春先はとくに多くて、確かにここのところ、ケーキの貰いものが多かった。
いつも仕事の合間にお茶するとき、それを食べるんだけど……同席してた藤崎先生が、あまり手をつけてないって。ナツはずっと気にしてたみたい。
今日、判明したんだ。藤崎先生が甘いもの苦手だって。
「別に気を使ってるようには見えなかったけど」
だってあんまり好きじゃないっていう程度なんでしょ?今日だって結局は食べてたんだし。
藤崎先生が「甘いものは苦手なんだ」と言ったその場に僕もいたけど、あれって気を遣ってるとか言う態度だった?
でもあくまでナツは、藤崎先生を擁護しようとするんだ。
「そっかあ?じゃああんま、言わねえタイプなんかもな、そういうの」
「放っておけばいいのに」
いい歳して嫌いなものも自分で言えないような、不器用な人間のことまで気にしてどうするのって、思うんだけど。でもナツは、自分が気を遣っていることにさえ気付いていないんだ。
――あと僕が、どんどん不機嫌になってることにも。
「いいじゃん、せっかく顧問になってくれたんだし。オレけっこう気に入ってんだよね〜一琉ちゃんのこと」
無意識にそんなことを言って、ナツはまた僕を驚かせる。
ナツと僕は双子だってこともあって、かなり似てるし気の合う兄弟だけど、なにもかも一緒ってわけじゃない。趣味とか嗜好とか、違うところもたくさんある。
服の好みも食べ物の好みも違うし、例えばナツは身体を動かすのが結構好きなんだけど、僕はそれほど好きじゃない。
昔ね、乗馬を習ってたことがあって、ナツはかなりハマって楽しそうに習ってたんだけど、僕はあんまり好きじゃなかった。向いてないとも思ったしね。
でもあの時、あっさり「やめたい」って言った僕と一緒に、ナツも乗馬をやめてしまったんだ。
そう言わせたのは僕で、本当はナツが続けたかったこと、あの時も知ってた。
でも僕は、ナツが僕と一緒にいることを優先してくれたのが嬉しくて、僕のことは気にせずナツは続ければいいよ、って言ってあげられなかった。
僕たちはとても似ていて、全然違う双子なんだ。でもお互いを一番理解してる。
ナツが好きだって思うもの、絶対わかるし、理解できる。
自分が同じように好きにならなくったって、ナツが好きだろうなって思うものは、外さない。……自分がハマらないだけで。
ナツなんか、もっとだよ。
僕がナツを理解する以上に、ナツは僕を理解してくれてる。
だから、びっくりしたんだけどね。
今回ばかりは全然わからない。ナツが藤崎先生の何をそんなに気に入ったのか。
何なの一琉ちゃんって?
いい歳して、生徒からそんな風に呼ばれてる教師、オカシイでしょ。
しかも僕がこんなに藤崎先生のこと気に入らなくて苛々してるのに、なんで気付かないのナツってば。
それが一番びっくりだよ。
ベッドから降りてチェストの引き出しを開けた僕は、こっそり置いてあるタバコと灰皿を取り出して窓際に近寄っていった。
大きな窓を開けて一本咥えると、途端にすぐそばのカウチで寝そべってたナツが、嫌そうな顔をする。
「いい加減、やめねえ?」
「やめない」
タバコの煙が嫌いなナツ。
わかっててタバコを続けてる僕に向かって、溜め息をついた。
「何ムカついてんだよ。なんかあった?」
常習なわけじゃなくて、僕がタバコを吸うのは何か嫌なことがあった時だけだって知ってるくせに。今はどうしても藤崎先生のことと繋がらないみたい。
それがますますムカついて、僕は無言のままタバコに火をつけた。
「身体に悪ぃって、アキ」
「知ってる」
「お前さあ…こんなけ世の中、嫌煙に向かって一直線なんだぜ?いまさら逆行してタバコ吸うのなんか、めんどいとかって思わねえの」
自分が嫌なだけのくせして、そんな風に言うナツは、カウチの上で少しでも僕の吐き出すタバコの煙から距離を取ろうと、じりじり離れて行くんだ。
何が世の中だよ。
誰のせいで吸ってると思ってんの。
「おじい様にも同じこと言ってみなよ」
「じいサマはじいサマ、お前はお前」
僕たちの祖父は昔からの愛煙家で、医者に止められようが体調を崩そうが、それをやめようとしない。
昔、そんなおじい様の姿に憧れて、吸ってみようって言い出したのはナツだったのに。自分が吸えなかったからって、随分な態度だよ。
おじい様は数いる孫の中でも、僕たちのことを特に可愛がってくれてるんだ。このタバコの経緯を聞いたときも笑ってた。