一言ぐらい叱られるかな〜って思ってたんだけど、当時中等部だった僕らに、おじい様は「わしが吸い始めたのは、今のお前たちよりもっと若い頃だったぞ」って言ったくらい。そーいう、さばけた性格なんだよね。おじい様。
匂いもするだろうし、吸殻だって部屋に置きっぱなしのことがあるから、両親も家のお手伝いさんたちも、みんな僕がタバコを吸ってるのを知ってる。
でもおじい様からしてそんなだから、自己責任ってことで、みんな僕がタバコを吸うの、黙認してくれてるんだ。
いつまでもうるさいのは、ナツだけ。
「なあ…んなモン吸ってないで、ちゃんと話せよ。何か気に入らないことあったんだろ?聞いてやるから」
「言わない」
「お前はホントに…なんでそんな、頑固なんだか」
なんで僕が呆れられなきゃいけないの?そう思いながら窓の向こうに煙を吐き出してた僕は、不機嫌なままちらりとナツを見る。
ナツは煙がイヤで、本当はもっと離れたいんだろうに、僕を心配してる顔でカウチの端に留まっていた。
その顔は、本気で僕の気持ちがわかってない様子。でも、本気で僕を心配してる表情だ。
「……。も〜ズルいんだから」
仕方なく吸いかけのタバコを灰皿に押し付け、ナツのいるカウチに乗りあがると、自分と同じ太さの腕を引っ張った。
「う、わっ!なんだよっ」
いきなり僕に引き寄せられて、体勢を崩したナツのこと、無理矢理ぬいぐるみにでもするように抱きしめる。
知ってるよ。
ベタベタされんの嫌いだ、とか口では言うくせに、ほんとは寂しがり屋で人肌大好きなんだよね?
ナツが理想にしている「カッコイイ大人像」っていうのがあって――それは僕たちの祖父を基盤にしたものなんだけど――だからナツは、その路線から外れないよう、荒っぽい言葉を使ってみたり、子供っぽいことを嫌ってみたりしてる。
お見通しなんだよ?でも頑張ってるナツのために、言わないでおいてあげる。
――その代わり、時々こうして、ぎゅーってするくらいはいいよね。
「ナツ、かわいいっ」
「なに言ってんだ、お前は!」
「おにいちゃんはナツだいすき〜っ」
「ざけんなっ!離せってばっ」
「やだ〜」
「ヤダじゃねえ!うっとうしいっ」
バタバタ暴れるけど、同じ体型で同じくらいの力なんだから、こんな風にしてしまうとナツの方からはなかなか解けない。
ひとしきり子供のようにナツとじゃれてたら、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
たぶんナツは、目新しいものに興味を持ってるだけなんだ。新しく入職する先生なんか久々だし。
しばらくすればきっと、僕が思うのと同じように、藤崎先生の存在が鬱陶しくなってくるだろう。でもそうなってもナツは、先生を邪険にしたり出来ないだろうから。
――早めに手を打とうかな…
嫌がるナツの髪をぐしゃぐしゃかき回しながら、藤崎先生がナツの存在の大きさに気付いて一目置くのと、あの人の鬱陶しさにナツが気付くのと、どっちが先だろうかなんて考えていた。
ナツが生徒会長を務めているのは、嶺華(リョウカ)学院高等男子部。
私立で、けっこうな有名校なんだよ。幼稚舎から大学院まであって、エスカレーター式の学校。基本は共学だけど、初等部から高等部までは、男子部と女子部に分かれてる。なにかと交流はあるけど、少し離れたところに学舎があるから、共学校っていう意識が薄いんだ。
学費がかなり高かったり、学費以外に寄付金の制度があったり、それとは別に制服が高価だったりして、おのずと生徒の種類は絞られてくるんだけど……他の学校と、どれくらい違うのか。僕にはよくわからない。
だって幼稚舎から嶺華生なんだもん。
しかもうちの母親も、祖父も、笠原の一族はことごとく嶺華の出身。
婿養子の父は違うんだけど、生来のんびりした人だから「嶺華も他の学校も似たようなもんだよ」って言うんだ。
好きになった勢いで結婚したら笠原家の娘だった、なんて経緯で婿養子になってる父の言う事、どこまでアテになるのかわからないけどね。
受験がないのは、特殊って言えば特殊かな……でも代わりに内部進学の審査テストがあるよ。学科によっては、希望通りに進学できないこともある。あんまり拘る生徒がいないから、みんなのんびりしたものだけど。
車で通学してくる生徒が多いのも、珍しいのかな。
かく言う僕とナツも、うちの運転手さんに毎朝、車を回してもらってる。
僕たちは別に、電車通学でも構わないんだけどさ。両親が心配性で、うるさいの。だから朝はだいたい同じ時間に送ってもらって、帰りは連絡入れて迎えに来てもらったり、タクシー使ったりって感じかな。
今朝は運転手さんにお願いして、早めに家を出てきた。ナツが言ってた通り、学校のそばのカフェ、シェーナに寄ってね。