昨日、ナツが電話した後にオーナーさんから連絡受けたマスターは、夜遅い時間まで働いてるのに、ちゃんと今朝、店で待っていてくれたんだ。眠い眠いってナツに文句言ってたけど、大きな箱にはビスキュイとフィナンシェが丁寧に詰められてた。
アーモンド味でバターの香りがすごく美味しそうなフィナンシェ。僕はビスキュイよりこっちの方が好きだな。
すっごく嬉しそうな顔でナツが受け取ったら、苦笑い浮かべてるマスターも、ちょっと嬉しそうで。……こういうときってさ、つい申し訳ないって顔にならない?僕なんかはそうなんだけど。
ここで満面の笑みになれるのが、ナツの凄いところなんだよね。
マスターに用意してもらった箱一杯の焼き菓子は、いま放課後の生徒会室で、みんなに振舞われてる。
――もちろん、飽きもせずに顔を出してる、藤崎先生にも。
人気あるんだよね、藤崎先生。
……確かに顔だけは綺麗かな。
華奢な体つきの藤崎先生は、小柄なこともあって、話すとき自然と上目遣いになる。それが小動物っぽくて可愛い、っていうのが最近の嶺華高等男子部で、一番人気の理由。……あるんだよ、そういうのが。男子校みたいなものなんだもん。
不本意ながら、その「誰が一番可愛いか?」って話題には、僕の名前も時々挙がるみたいだけど――みんな見る目ないな。
可愛いって言うのはさ、ほら。今そこで嬉しそうに笑ってる、ナツみたいなのを言うんだよ。……あの子はほんとに、自分のしたことで誰かが喜ぶの、一番嬉しいんだから。自分の持ってきたお菓子をみんなに渡して「美味い?」って聞いたときの顔なんて、双子の僕とは似ても似つかないくらい可愛いかった。
僕なんか外面いいだけだし、藤崎先生だってちょっと綺麗で、先生たちの中じゃ若いってだけじゃない?新卒で嶺華に入ってくる先生は珍しいからね。
よく見ればあの人の、メガネ越しの視線とかあまり変化しない表情って、顔が綺麗なだけにけっこう冷たい印象だと思うんだけどな。
嶺華では生徒の自主性を重んじるってことで、生徒会にある程度の権限をゆだねてる。だから部活と同じように、生徒会にも監督責任のある顧問がいて、この春からその任に就いたのが、今年入職したばかりの藤崎先生。
でも今までは放任主義で、こっちからお願いしたときだけ先生が来てくれるってやり方だったんだよ?なのにこの人、毎日毎日、ほんと律儀に顔を出すんだから……鬱陶しいったらない。
教師ってそんなに暇なの?
何か他にやることないの?
来たってさ、基本はぼーっと座って、僕たちの様子を見てるだけ。……まあ黙って見てるなら、まだ我慢できるんだけど。時々、急に口を挟んできたりするから、余計わずらわしいんだ。
ナツはね。勢いだけで色んなことやってるように見えるかもしれないけど、絶対に思いつきで動いたりはしないんだよ。口に出すときは、必ず多方面からその提案を精査して、それから動くんだから。
昨日今日嶺華に来た先生が、口を挟む必要なんかない。
ここにいる必要すらないんだってば!
「…アキどうかした?」
ぼそっと声をかけてきたのは、僕の隣で作業してた藍野直人(アイノナオト)。僕とナツの幼馴染み。
顔を上げた僕は、心配そうなナオの表情に、慌てて微笑んだ。
「何でもないよ。心配かけてごめんね?」
「ううん、何でもないならいいんだ…でも疲れたなら言って」
「ありがとう、ナオ」
ナオは僕にとって、ナツに次ぐほど大事に思ってる幼馴染み。一学年下の二年生だけど、本当は同い年なんだ。小さい頃は身体が弱くて登校出来ないことも多かったから、学年が一年後れになってる。
今のナオを見てたら、昔は僕たちより小さくて虚弱だったなんて信じられないんだけどね。もう身長だってとっくに抜かれちゃってるし。
ナオは口数が少ないけど、その分、黙々と作業をするタイプだ。
「ねえナオ、向こうのプリント取ってくれる?」
「ん〜…あ、これ?」
「そうそう。ありがと」
ナオから預かった書類に目を通して、ナツを探す。
生徒会長サマはいつものように生徒会役員たちに囲まれてたけど、その囲まれている場所が気に入らなくて、僕は僅かに眉を寄せてしまった。
だってナツは、おざなりに置かれた顧問席という名の窓際隔離デスクで、藤崎先生に話しかけてるんだ。
持って来たビスキュイの説明してるみたい。あれって紅茶とかコーヒーに浸けて食べると、そのまま食べるよりもっと美味しくなるんだよね。
ナツの言葉に従って、コーヒーにビスキュイを浸けて食べてる藤崎先生は、今日も白衣を着てる。でも化学の先生だからって、毎日白衣着てるのオカシくない?!
思わず睨んでしまう僕に気付いて、ナツが立ち上がった。
「ほらほら、いつまでも遊んでっと副会長に怒られんだろ」