仕事が速いのは知ってるけど、ほんといつの間にこんなもの書いたんだろう。
呆れる僕に「面白いと思わねえ?」なんて、もう一度聞いてくる。
「まあね…面白いとは思うよ」
「だろ?当日の予定とか掲示の原稿とか、一応書いといた。確認や連絡なんかは任せるからさ。時間的に大丈夫そうなら、コレで行こうぜ」
プリンターにパソコン繋いで、打ち出したものを渡される。進行から生徒の移動、連絡のフォーマットまで、整然と並んだ文字。
「…大丈夫なの?」
心配する僕に、ナツは強気な態度を崩さなかった。
「もちろん。オレのいない間、敏腕副会長サマの指揮でヨロシク」
そうじゃないでしょ……。
たった一人で107人もの生徒を相手にするナツが、一番大きな負担を背負うのに。いつもそうやって、全然平気な顔するんだから。
僕は溜め息を吐きながら、仕方ない、と頷いた。
「わかったよ…じゃあ、これで行こう」
「決まりな」
子供みたいに嬉しそうな顔。苦笑いの僕に、小声で「大丈夫大丈夫」と囁いたナツはみんなを振り返った。
「誰か原稿チェックして配布の準備頼む〜あと職員室と、掲示板と…」
指示を始めたナツの言葉を遮ったのは、藤崎先生の立ち上がった音だった。
「ナツくん」
「?…一琉ちゃん、なに?」
不思議そうな顔で首を傾げるナツに向かって歩いてきた藤崎先生は、何を考えているのかわからない無表情で、ナツの手から企画書を取り上げた。
「君が一人で決めてしまうのかい?さっきの会話、あれじゃ事後承諾と変わらないじゃないか」
冷たいメガネ越し、ナツの書いた書類をめくってる。ムッとした僕に気付かず、ナツは自分より少し背の低い藤崎先生を見下ろして、困った顔になった。
「いや…まあ、一琉ちゃんの言う通りなんだけどさ。もう会議開いてるヒマもないし、希望調査なんかもっとムリだし…問題あるところは直すから、今回だけ見逃してくんない?」
「確かに時間はないね」
渋い顔で頷く先生に、ナツは先生の手元を覗き込む。それはナツが時間をかけて書いた企画書……きっと僕が寝た後とか、テレビ見てる横とかで書いたものだ。
「何か気になるとこ、ある?」
そんなのこの人に聞かなくていいじゃないって、言ってあげたいけど。藤崎先生と話してるナツは、こっちを見てくれない。
「そうだな…。君との面接というけど、話すことが苦手な生徒もいるだろう?フォローしてやれるのかい?」
「面接のグループ分けは、新入生本人たちに任せるつもりなんだ。何しろ嶺華はほとんどの生徒が幼稚舎から一緒だし」
「仲のいい、互いを紹介できる友達同士のグループに自然と分かれる。ということかな」
「まあね」
「外部から入学した生徒は?」
「問題ないと思うよ。今年の外部は8人だけだし、先週のうちに一通り会って来たけど、みんなもう、そこそこ嶺華に馴染めてるみたいでさ。友達も出来たって言ってたから」
びっくりだ。そのうちの何人かに会うとき、僕も一緒だったけど……あれってこのための用意だったの?
僕から見えるのは、ナツの後姿。その向こうで、藤崎先生がじろりとナツを見上げていた。
「…周到だね」
時間がないというくせに、先週から勝手に準備してたんじゃないかって。その目がナツを責めてる。むっとする僕の前で、ナツは肩を竦めてた。きっと、困った顔で笑ってるんだ。
「遊びに行っただけだって。まあ、その時に思いついた企画だってのは、否定しないよ」
「好奇心旺盛な君向きの企画、ということかな」
「そうなるね」
ナツの顔を見て溜め息をついた先生は、また企画書に目を落とす。
「時間のシュミレーションは、出来てるかい?107人といえば、名前を呼ぶだけでも時間がかかるだろう?」
「ああ、それならここに…」
言いかけるナツを遮って、僕はナツから渡されていた名簿と進行表を、バンッと机に叩き付けた。
「ちょ、アキ?」
驚いたナオが何か言おうとしてたけど、ごめんね今は聞いて上げられないよ。
「そんな当然のこと、ナツが考えてないわけないじゃないですか」
「アキくん」
藤崎先生もちょっと驚いた顔になって、僕を見上げる。レンズ越しの視線に苛々してきた。
「何もわからないなら、黙ってて下さい」
「君ね…」
「一年生のプロフィールも、紹介時間の調整も、ナツはちゃんと把握してる。いま生徒会長をやってるのはナツなんだから、先生が口を挟むことじゃないですよ」
「学校行事っていうのは、生徒だけの問題じゃないだろう?」
「昨日今日、嶺華に入ってきた人間に、何がわかるって言うの?!これ書くのにナツがどれだけ時間かけて考えたか、あなたには何もわかってない!」
これだけの量の書類、ナツがどれほど苦労して書いたか、何も知らないで。