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藤崎先生に引っ張られるまま、後ろをついて歩いてきた僕は、化学準備室に入ったところで手を離された。
「そこ、座って」
示された椅子に座った途端、僕はたまらず頭を抱え込んでしまう。
ナツは今頃、きっと生徒会室で平気な顔をしてるだろう。驚かせてごめんなって、僕の代わりにみんなに謝ってる。
本当は泣き出してしまいたいだろうに、人前では絶対泣かないナツ。
小さいときからそうだった。
わんわん泣く僕や、ナオのそばで、一生懸命涙を堪えて、大人たちと僕らの間に立ってくれていた。
小さな背中に僕とナオを庇って、大人からの叱責に耐えていた。
アキや直人は悪くない、自分が言い出したんだって。自分が悪いから二人を怒らないでって。言い訳も謝罪も、全部ナツは引き受けようとする。
それはカッコつけてるわけでも、独り善がりな正義感でやってるわけでもない。ナツは本当に、心からそう思ってるんだ。
そんなナツの優しさを、ちゃんとわかってるのに。
そういうとき、一人で背負っちゃ駄目だよってナツに言ってあげるのが、僕の役目なのに。
よりにもよってその僕が、勝手な言い分でナツを責めるなんて。
どうしよう……なんて言って謝ればいいんだろう。
ふわっと香る匂いに顔を上げると、藤崎先生はアルコールランプとビーカーで紅茶を淹れてる最中だった。
小さな冷蔵庫から取り出したのは、牛乳パック。ビーカーで紅茶淹れる人なんて、初めて見たよ。
紅茶をついだマグカップに、牛乳をたして、棚を振り返った先生は、奥の方から何かを取り出した。
その手に握られたビンを見て、ぎょっとしてしまう。目が合うと、藤崎先生は指を立てて唇に押し当てた。
「内緒にしておいて」
「先生…それ」
メガネの奥、先生の瞳が悪戯っぽく笑ってる。取り出したのは小さなブランデーのビンだ。マグカップのミルクティーに、少しだけ垂らして、僕に押し付けてくる。
湯気から放たれる甘い香りに、ちょっとだけ心が癒されて。ほっと息をついた僕は、口をつけた。
「あ」
「…え?」
「共犯だ」
驚く僕に、くすくす笑う先生の声が聞こえて。同じように淹れたミルクティーを片手に、藤崎先生は窓のそばの椅子に腰掛ける。
てっきりお説教されるんだと思ってたけど、先生は何も言わない。
目を細めて窓の外を見てる先生は、ひとり言のように「随分温かくなってきたな」と呟いた。
僕は初めて、落ち着いた気持ちで先生の姿を見ていた。
始業式で壇上に上がったときから、美人が入ってきたと噂になっていた藤崎先生。でも始業式はナツも僕も忙しくて、あまり見ていなかったから。
ああ、確かにそうかも。
華奢な肢体はまるで高校生みたいだ。新卒で入職って聞いてるから、まだ大学を出たばかりなんだろう。今なら少しだけ、みんなが騒ぐ気持ちもわかる。
淡い色の髪がさらさら風に揺れてる。
あんまり表情が豊かな方じゃないみたいだし、メガネの奥の瞳は意外と鋭くて、ちょっと冷たい印象を受けるけど。そうやって黙って座ってる姿は、なんだか絵になっていた。
じっと見つめていた僕の視線の先、先生が唐突に、くるりと椅子を反転させる。
「あ…」
見てたのを知られて、思わず下を向いてしまった。
「落ち着いたかい?」
聞かれた僕は、つい拗ねた顔になってしまう。
「言いたいことがあるなら、言ってください」
突っぱねる僕に、先生は「うん」って頷いて。座ってる椅子のキャスターをころころ転がし、こっちへ寄せてくる。
覚悟を決めてその顔を見つめてると、先生は急に「嶺華ってさ」と言い出した。
「…は?」
「嶺華って、本当に漫画みたいな学校なんだね」
「そう…ですか?」
いきなり何を言い出すんだろう?って。首を傾げる僕のことなんかお構いなしで、先生は渋い顔をする。
「例えば…そう、学食。何をどれだけ食べても、全て無料なんだろう?」
「…はあ」
「公立高校や、普通なら私立だってそんなことは不可能だよ。どうやって運営しているのか、知ってるかい?」
なんなの……?いったい何の話をしてるの、この人?
「…学費ですよ…学校の予算に組み込まれてます」
「ああ、バカ高い学費ね…食べ盛りの子ばかりでも、あれだけ高い学費を払わせていれば可能なのかな。じゃあ味のレベルが高いのも、そういう理由?」
「三年に一度は外部入札が入りますから。生徒と教員の人気投票が決めるんで、レベルが高いのはそのせいだと思います」
なんでこんな説明、僕がしてんの?
「メニューの管理は生徒会で…。年間予算と栄養管理を鑑みて、最終決定は生徒会長のナツが…」
またここでナツの名前を出しちゃうと、言い争いになっちゃうかなって思ったんだけど。でも先生は気にしてないみたいで、うんうん頷いていた。