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静まり返った、生徒会室。
顔を上げると直人がまるで、自分が何かやらかしたみたいに、泣きそうな顔になってた。その顔見てたら、ようやく頭が正常に回りだしたんだ。
……ぽん、て。
背の高い直人の肘を叩いてやる。
「馬鹿だなお前は…なんて顔してんだ」
呟くオレの後ろで、ドアが閉まった。一琉ちゃんに限って怒ったりしないと思うんだけど、あとで様子を見に行こう。
「だって…だって、ナツ…」
直人は本格的に眉を寄せ、泣きそうな顔になってる。こいつ……放っといたらマジ泣くんじゃねえの。
「わかったから、な?…オレが悪かったって」
「違うよ…今の、アキが酷いこと言った」
ぎゅうっと自分の制服を掴んで、直人はまるで自分が何か言われたみたいな顔をする。良く見たら、冷や汗が浮かんでた。
こういうのはヤバい。
普段の直人を見てるだけじゃわからないけど、こいつは過去に色々と、辛い経験をしてる。……幼い子供がよく耐えられたと思うような虐待や、果ては命に関わるようなことまで。
オレとアキが直人に出会ったのは、そんな惨状から救い出された後なんだけど。心の傷ってのは身体みたいに、薬塗って寝てればいいようなもんじゃないから。びっくりするぐらい唐突に、フラッシュバックを起こすことがあるんだ。
十年くらい経った今でも。
きっかけになるのはいつも、人の争う声と、孤独。
高校生になった今じゃもう、そう頻繁なことじゃないけどさ。顔を見てればわかるよ。直人はきっと、何か余計なことを思い出してしまったんだ。
「な~おと?しっかりしな?」
軽い調子で声をかけてやるけど、どんどん顔色は悪くなって、青ざめていた。
目の焦点が合わなくなってきてる。過去に引きずられていく前兆だ。
「…なつ…おれ、やだ…」
慌てて直人の手を掴み、生徒会室の奥に連れて行った。何代前かの生徒会長が置いたソファーへ座らせる。
ほんと、見た目だけはのんきな感じの大型犬なんだけど。直人の心は繊細で、とても傷つきやすいんだ。でもそれが、こいつの優しさを構成してる。
オレは直人の前に膝をついて、動揺している瞳を強く見つめた。
「お前じゃない」
「だって、おれ…おれが」
「お前じゃない。お前は何も悪くない。何もしていない、何も言われてない」
力強く言ってやるけど、直人はまだ上手く気持ちを静められないみたいだ。
可愛い弟分の様子に、何か冷たいものでも飲ませようと振り返ったオレは、こっち向いて固まってる仲間たちに気付いて、苦笑を浮かべた。
……お前らもかよ。
まあな。オレとアキがぶつかるなんて、しょっちゅう一緒にいる直人でも、めったに見られない代物だからな。
「あ~もう、悪かったって!なんつーか、昨日の晩にアキとケンカしたんだよ!」
本当はじゃれてただけだけど、オレはそんな風に言って、生徒会室を横切り冷蔵庫を開けた。
仲間たちが顔を見合わせている。
「会長…ケンカしたり、するんですか?」
呆然と呟く後輩に、肩を竦めて見せたオレは、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。グラスに注ぎながら直人のところへ戻る途中、気軽な態度で後輩の言葉にも応じる。
「そりゃするだろ。兄弟喧嘩なんかフツーじゃねえ?」
「でも想像出来ねえよ、お前らがケンカなんて」
同級生のこいつは、高等部から嶺華に入った外部生だったから。余計に驚いたかもしれない。
「そうでもねえさ。アイツも頑固なとこあるし…ほら直人、飲みな」
グラスを渡して、くしゃくしゃと髪を撫でてやる。グラスを傾ける直人が、ゆっくり自分の胸を握り締めてた手を開くのを見て、ほっとした。
もう大丈夫だろう。……本当は、アキがいてくれるといいんだけどな。アキは直人にとって、精神安定剤みたいなとこ、あるから。
そのまま直人の座ってるソファーの肘掛に腰掛けて、柔らかい直人の髪を弄りながら、仲間を見つめてにやりと笑った。
「映画行くのに何見るかとか、着て行こうと思てった服を先に着てたとかさ。そういうのでケンカしたり、しねえ?」
不在のアキをダシにして悪いとは思ったけど、この方向で話を終わらせようと考える。本当のことは、後でアキと話し合えばいい。
オレの言葉に最初に反応したのは、二人の姉さん持ちだという後輩。
「あ~…ありますよね」
嫌そうに言う後輩の横から、もっと嫌そうな顔でクラスメイトも口を開く。
「つか、そもそも兄貴と映画行くとか、ありえねえけどな」
最近は兄弟で口も聞かないというクラスメイトは、普段から仲のいいオレとアキを変人扱いしてる。
「そこはホラ、オレってアキちゃんがいねえと、生きていけないカラダだから」
ふざけてオレが言うのに、三期ずっと生徒会での仕事を手伝ってくれてる友人が眉を顰めた。