【その瞳に映るものA】 P:05


「勝手に言ってなよ、バカ兄弟」
 それは兄弟喧嘩というより、痴話喧嘩じゃないのかと。仲間たちに言われ頭を掻くオレは、そっと窓の外を見た。
 ――いねえ……やっぱ、アキか。
 今日のオレが、何もかも後手に回った理由のひとつ。窓の外からこっちを見てた、見覚えのない生徒が姿を消している。
 
 
 
 校舎の一階、特別教室棟の一番奥に、生徒会室がある。隠れ家みたいで、オレは気に入ってるんだけど。なかなかこんな高等部の僻地まで来る、一般生徒はいない。
 オレはその生徒を窓の外に見かけたときから、たぶんアキが理由なんだろうって思ってた。
 だってさあ、オレが気付いたときからそいつは、窓の外にある植え込みの向こうで、ずっと棒立ちのままこっち見てたんだけど。アキが一琉ちゃんと揉め始めた途端、急にがさがさ植え込み掻き分けて、近づいてきたんだぜ。
 かなりの長身で大柄なのに、必死になってく顔がやけに子供っぽくてさ。ガタイと表情のギャップがなんかもう、微笑ましいっつーか笑えるっつーか。見てるうちにどんどん目が離せなくなってたんだ。
 ……嶺華は共学だけど、高等部は女子の学舎と離れてっからさ。男子校みたいなもんなんだよ。だからアキみたいに、優しい面差しの奴は、ああいう熱っぽい目で見つめられることもよくある話。
 まあ、状況考えたら、一琉ちゃんって可能性もあるんだけど。一琉ちゃんってほんと綺麗な顔してるし。
 でも一琉ちゃんが理由なら、あんな風に隠れている必要はないだろ?
 ずっと見てたいとか言うなら、わからなくもないけど。でも一琉ちゃんだったら、こんなところで隠れてるより、化学準備室にでも行けばいいじゃん?一琉ちゃんは確か、職員室より化学準備室にいる方が多いはずだから。その方が二人っきりだぜ?生徒が先生訪ねてくのなんか、フツーのことだしさ。
 しかも今年嶺華へ来たばかりの一琉ちゃんなら、見覚えのない生徒でも怪しまないだろ?
 このオレの記憶力でも、見覚えのない生徒。
それが存在に気付いていても、あいつを中へ呼んでやらなかった理由だった。

 自慢じゃないがオレは、高等部の生徒を全員覚えてる。
 外部からの新入生にも先週会ったし、同級はもちろん、直人のいる二年生も覚えてる。どうせ一学年、100人くらいだ。
 と言っても大抵、名前とクラスが顔と一致するくらいなんだけど。
 でも今日、窓の外からじっとこっちの様子を窺ってた生徒の顔は、どんなに考えても記憶になかったんだ。

 アキが一琉ちゃんに噛み付いたくらいからすごい表情でこっち睨んでて、飛び込んできそうな勢いで植え込みの中へ入っていたそいつは、今はもう姿を消してる。
 経緯を見てれば、一琉ちゃんにつれて行かれたアキを追ったんだと、容易に想像できた。
 ……誰なんだろ。
 あんなデカい奴、ぜってー忘れねえと思うのに。
 だってアキを追いかけてるってことは、嶺華生じゃなかったとしても、どっかで会ってるはずだろ?だとしたらたぶん、オレも見かけるくらいはしてると思うんだ。
 短い髪に鋭い目をした生徒は、ちょっと目を惹くくらい野性的で、均整の取れた体つきをしてた。
それは制服の上からでもわかるくらい。
 ああいうの、けっこう憧れるんだよな。オレはどうにも鍛えがいのない身体をしてるから。
 ……会ってたら絶対覚えてそうなのに。
 
 
 
 直人を撫でてた手が、僅かに下から持ち上がる。覗き込むと、直人はもう大丈夫だよ、と笑ってた。……でもまだ少し、顔色が悪い。
 帰らせてやりたいけど、こいつだけ帰したら、またナツアキは直人に甘いとかなんとか文句言われそうだし……あと、アキのことも気にかかる。
 どうしよ。なんとか今日の仕事、終わらせることは出来ないかな。
 オレはソファーを離れて、自分の書いた新入生歓迎会に関する書類を手にした。
「ぐだぐだ言っててもしかたねえけど…アキいないんじゃ、何やるのも中途半端なんだよな」
「誰のせいだよ、会長」
 ちくりと言われ、オレはどっかのサルみたいに、反省のフリをする。
「オレのせいです…」
「そうだ反省しろ」
「じゃあまあ、今日は全員に企画を把握してもらうってことにしておくか…この新歓のデータ、全員にメールすっから、明日までに目ぇ通しといてくれよ」
 苦笑いで言うと、顔を見合わせていた仲間たちは、ため息混じりに笑っていた。
「ほんっとオマエ、身内に甘いよな」
「へ?」
 オレの身内、と言われて首を傾げる。
 ……アキと直人のことか?
「気になってんだろ?アキのこと。ここは片付けといてやるから早く行けば」
「会長ぉ…ぼくたち邪魔ですかあ?」
「邪魔にされたくないんだったら、働きなよ君も。ほら直人も、そんな青い顔してないで帰んなさい」
 うわあ、バレバレ?