オレの気持ちを察した仲間たちが、本当に片づけを始めてくれるのに感謝して、直人を見下ろす。困った顔の大型犬は、おろおろとオレを見上げてた。
「…だってよ」
「でもナツ、俺は大丈夫だよ…アキを迎えに行くんだったら、俺も一緒に行く…」
「構わねえって。今日は早く帰るって言ってきたんだろ?あいつらもいいって言ってんだ。早く帰りな」
「でも…」
「いいからいいから。アキのことはオレに任せとけって。…驚かせて悪かったな」
「…うん…」
「んな顔してっと、戻ってきたアキがまたパニくるだろ。な?」
早く帰るよう、もう一度直人に言って、生徒会室を横切りながら仲間に感謝の声を掛けたオレは、一度廊下に出て、そのまま校舎を抜け出した。
嶺華は東京にある学校だけど、やたらと緑が多い。皇居と張るなんて言う生徒がいるくらいだ。
オレはそんな嶺華を気に入ってる。
幼稚舎から今まで、学校をサボって遊びに行きたいと思ったことはあっても、ここを辞めて違う学校へ行きたいと思ったことはない。古めかしい校舎に、ざあざあ風が吹くと緑が揺れて、強い日差しを遮ってくれるのが気持ちいいんだ。
閉鎖的だと言われることもあるけど、そのぶん平和で、大した揉め事も起こらない嶺華。
争いがないわけじゃないけど、どれも些細で、大抵は生徒が解決できるから。
――やっぱ、いたな。
視線の先。深い茂みの中で、窓越しに校舎を窺ってる人影を見つけ、オレは思わず頬を緩めてしまった。
外から回って来て正解だったな……また遠目にアキのこと見てやがる。
さっき遠目じゃわからなかったけど、こいつはどうにも、誰かの制服を借りてるみたいだ。全然サイズが合ってねえ。
見覚えがないと思ったオレの記憶は、やっぱり正しかった。
生徒会室の外から、アキを見つめてた生徒。今は化学準備室の外から、アキの様子を窺っているらしい。
生徒会室は窓のそばまで植え込みがあったり木が生い茂ってたりして、姿を隠すのにも苦労しなかっただろうけど。ここは木が途切れてるし、そばに渡り廊下もあるから、うまく近づけないみたいだ。
窓の向こうに一琉ちゃんの後姿が見えてるのに、アキの姿は確認できない。
必死にアキを探すその真剣な横顔は、やってる行為に反して随分と精悍だった。
そうっと近づいても、奴は僅かにこぼれてくるアキと一琉ちゃんの会話を盗み聞きするのに必死で、オレに気付かない。
ちょっとした悪戯心を起して、オレは手を伸ばすと、後ろからそいつの口を塞いでやった。
「…ストーカーはいただけねえな」
耳元で囁くと、よほど驚いたのか目を見開きオレを振り返って、すぐ真っ赤になった。痛そうなくらい目を開く姿がちょっと間抜けで笑える。
オレは笑いを噛み殺し、逃げ出そうともがくそいつに、指を立てて唇に押し付けて見せ、沈黙を促した。
こんなところで騒いで、アキに見つかりたくはないだろ?
「黙ってろ、いいな?」
低い声で言うと、そいつは慌てたように何度か頷いて。ついて来いというオレに、おとなしく従う。
化学準備室には声が届かないくらいまで校舎から離れたオレは、ようやく奴を解放してやった。
安心したのか、大きく息を吐いたストーカー君は、改めてオレを睨みつけている。オレもようやく間近で彼を見た。
ホントでっけえな……オレより十センチ以上タッパあるんじゃねえ?
直人より長身のそいつは、全然ひょろいところがなくて。がっしりと力強い体つきをしてる。なんかスポーツとかやってんのかも。
でもオレを睨む顔にはなんとなくあどけなさがあって、彼がけして大人のくせに学生服を着てしまった、痛い不審者じゃないことを物語っていた。
勿体無いな……ちゃんとしたサイズのを着てたら、似合うだろうに。
「よく嶺華のセキュリティを抜けられたよなあ…名前は?」
聞いても、黙って顔を背けてる。
それがまるで拗ねてるように見えて、オレはまた笑えてしまった。
「じゃあストーカー君って呼ぶけど、いいか?」
「…ストーカーなんかじゃない」
ぼそぼそ低く響く声。応える気があることを確認して、今度はちゃんと友好的に微笑んでやった。
「セキュリティに突き出す気なら、とっくにやってる。せっかく見逃してやろうってんだから、名前くらいいいだろ?」
宥めるように言うと、そいつはしばらくの間、躊躇いがちに視線をさ迷わせていたけど。諦めたのか身体に似合わない小さな声で「タケル」と呟いた。
「タケル、か。…何年だ?嶺華生じゃねえよな」
「二年。…嶺華生だ」
「…へえ?」
言うじゃん。そのまったく合ってねえ制服で、堂々と言い切るのかよ。面白い奴。