タケルはまだまだアキが気になるみたいで、オレの様子を窺いつつも、科学準備室を振り返ってる。その懸命な姿がちょっと気に入ってしまって。
「…アキが、気になる?」
尋ねてやると、最初は驚いた顔してたけど、しぶしぶって感じで頷いた。そうやってると、可愛いじゃん。
同性のアキを想ってるなんて、確かに言いにくいだろうな。そりゃま、あんま大っぴらに宣言するこっちゃないか。
「気にすんな。慣れてるよ」
「…慣れて?」
「ああ。ほら、アキってわけ隔てなく優しいだろ?慕ってる後輩は多いし、熱上げる奴も結構いるから」
ほんと、あいつは男女見境なくモテるから。アキはうんざりしてるけど、それをわざわざ言うのは可哀相だ。
オレの言葉にタケルは、複雑な顔をして下を向いてしまった。……なんだ?何か気に障ること言ったか?
「えっと…別に、そいつらとお前を、一緒にしてるわけじゃねえよ?」
そうだよな。誰かの気持ちと一纏めにされたら、タケルだって嫌だろう。こいつはこいつで、必死なんだから。
「悪かったよ…機嫌直せって」
手を伸ばしてぴたぴた頬を叩いてやる。間近になったオレの顔を見て、タケルは少しだけ赤くなった。
まあ……同じ顔だからな。
「この顔、気に入ったか?」
尋ねると、すげえ眉を寄せて渋い顔をするくせに、おとなしく頷くんだ。可愛い奴め。
まったく同じ顔のオレたちだけど、似るように見せなきゃ間違う奴はいない。アキの顔にはオレと違う、優しさとか穏やかさとかが、ちゃんと現れてる。
知ってるよ。
どんなに見た目が似てたって、オレではけして、アキに敵わないんだ。人々の好意は必ず一度、オレを素通りする。
それを辛いと思ったことはないけどね。だってアキがどんなにすげえ奴か、オレが一番良く知ってるんだから。
「お前、趣味いいよ、タケル」
「…………」
タケルの頬を撫でてたオレは、なんとなく名残惜しさを感じながら手を離した。
オレが気に入る人間は、大抵アキに惹かれてく。でもそれは、当たり前のこと。
アキよりオレがいいなんて奴を、オレが気に入るはずないんだ。
「でもまあ、アキの為にそこまでするんだから、お前もよっぽどだよな」
改めてサイズの違う制服を眺めつつ、呆れたように俺が言うと、タケルは難しい顔をしてオレを見つめてた。
「?…なに」
「なんでアンタ、平気で笑ってんの」
「…は?」
言われたことがわからずに首を傾げてると、タケルはちらっとアキのいる方を振り返った。
「酷ぇこと、言われてただろ」
「…よく話の内容まで聞き取れたなあ」
生徒会室での一件だとわかって、感心してしまう。
タケルは確かにあのとき生徒会室の窓際に立ってたけど、窓は全て閉められていたはずだ。あの状態で細かい会話まで聞き取れたのか?
「耳は、いい」
「そっか」
じゃあ全部、聞いてたんだな。
「ムカついたり、しねえの」
タケルの話す低い声は、聞きやすくて耳に心地いい。オレは苦笑いを浮かべて、溜息をついた。
「ホントのことだし」
「…………」
「オレ、一琉ちゃんに媚売ってるつもりなんかなかったけど、アキが言うならそう見えるような態度を取ってたんだろ」
全然自覚してなくても。
きっとそんな風に見えて、アキを苛立たせてしまうくらい、オレは無意識のまま一琉ちゃんに近づこうとしていたんだろう。
「それにしたって…酷い、言い方だった」
今までも、どこかで密かにアキを見ていたタケルには、ショックだったのかもしれない。声を荒げるアキの姿なんて、そうお目にかかるもんじゃないからさ。直人だって動揺したくらいだ。
なんだかタケルにアキを嫌って欲しくなくて、オレは首を振った。
「一番傷ついてんのはアキなんだよ」
オレを睨むアキの瞳が、少し濡れてるように見えたのは、きっと思い違いなんかじゃない。
「アンタ…」
何か言いたそうにタケルが呟くから、オレは笑みを浮かべた。
「ああ見えて、アキはけっこう情熱的なんだぜ?意外と突っ走るタイプ」
遠くから見つめてるだけじゃ、知らなかっただろ?でもこれは、本当のこと。
アキはいつも穏やかなように見えてるけど、実は感情的になると、オレより手がつけられない。
「そういうところも含めて、アキを気に入ってくれてると嬉しいんだけどさ」
誰のか知らないけど、他人の制服を使ってまで嶺華に飛び込んでくるくらいなんだから。ちゃんとタケルにはアキを知って欲しいって思ったんだ。
ああ……それにしてもその制服、サイズ合ってねえな。
「タケル、お前ホントはどこの生徒なんだよ?」
「だ、から…嶺華だって…」
「じゃあオレの名前、言ってみな?」
「え?」