【その瞳に映るものB】 P:02


 溜め息をつくナツは、もう僕の方を見てもくれないんだ。
 わかってるよ……僕が内部進学テストにかかりっきりで手伝えないから、一人で生徒会の仕事してんでしょ。それって後期予算の試案作成だよね?
 僕だけじゃない。この時期はさすがにみんな、勉強にかかりっきりだから。ナツが全部引き受けて、いつも以上に多忙になってること、わかってるんだ。
「その仕事だって、藤崎(フジサキ)先生がいなきゃ、もう終わってるはずじゃない」
 ぶつぶつ言いながら、仕方なくまた一人で横になる。
 本当なら4月に試案を作成して5月を飛ばし、6月に一時審査。7月後半、夏休み入ってすぐに本審査の会議にかかる、生徒会後期予算。
 さすがに学校側も5月は試験時期だってことわかってるから、例年は4月末に試案を受け取ってくれてた。
 だから後期予算の試算案は今まで、多少問題があったって黙認されてたんだけど。伝統的な放任主義を撤回してる藤崎先生は、クラブの予算にムラが「無さ過ぎる」って言って、ナツに修正を要求した。
 もっとちゃんと、クラブごとの部員数や成績を考慮しろって。ほんっとにウルサイんだから。
「予算の余ってるクラブや足りないクラブがあるのは、わかってたけどさあ。去年もその前も、なんとかなってるじゃない。藤崎先生はナツのやることに口出し過ぎ」
 僕が言うと、ナツは急にパソコンを打つ手を止めて、こっちを見た。
「わかってたんなら、早く言えよお前も」
 あ……しまった、黙ってれば良かった。
 眉を寄せたナツの顔に、ちょっとだけ焦る。
 ナツのやることはいつだってほぼ完璧なんだけど、全体を見るあまり細かいことを見逃してしまうことがあるんだ。そういうの、僕の方が気づくこともあって……でも僕は面倒だなって思うと、ついつい黙ってスルーしちゃうから。
「どうせ誰かが自分のお金で賄ってんでしょ?いいじゃんもう…」
 拗ねてそう言うんだけど、ナツは僅かに視線を厳しくして、僕を睨んだ。
「良くない」
「だって…」
「お前ね。そういうのが続けば、金を出すやつが偉くなっちゃうだろ?金額が大きくなったらトラブルの元にもなりかねない」
 まあ、そうなんだけどさ。
「今まで部活で金銭トラブルなんか、起こったことないじゃん…」
 嶺華は金持ちの子供が多いから、予算で足りなきゃ四の五の言わず、誰か適当に埋めとくんだ。
 まあ、そういうのも知られて最近、藤崎先生に「コレだから御曹司は」とかって嫌味言われるんだけど。
「オレの気づけないこと、気付いたお前まで黙ってどうすんだよ。指摘してくれた一琉(イチル)ちゃんに感謝してるよオレは」
 ナツに藤崎先生の名前を出されて、僕はますますむくれてしまう。
「どっちの味方なのナツは〜っ!」
 予算とか、トラブル回避とか、大事なのはわかってるけど、もうそんなこと関係ない。双子のナツが僕より藤崎先生の肩を持つなんてっ!
 ひどいひどい、と子供みたいにバタバタ暴れて不満を訴える。そうしたらナツは、盛大に溜め息をついて、とうとうパソコンを閉じ僕のそばへ来てくれた。
「オレはアキの味方だよ」
 シャワー浴びたばっかりで、まだ半乾きの僕の髪を、くしゃって撫でてくれる。ベッドから僕が持って来ていたクッションをひとつ抱えて、ナツは「それで?」って言って、話の続きを聞いてくれた。
「一琉ちゃんに嫌味言われて、お前はどうしたの」
 嶺華の教員がどれくらいの手取りかなんて知らないけど、確実に他の新卒サラリーマンより多く貰ってるはずの藤崎先生。その先生に「自分の手取りよりたくさん小遣いをもらってるんだろう」って言われた僕の回答。
「決まった小遣い貰うほど、庶民的な家じゃありません!って言った」
 だってホントだもん。
 両親からはカード渡されて、必要な分だけ使えって言われてるし。
「…大概だろ、お前も」
 見上げる視線の先で、ナツは困った奴、とでも言うように笑ってる。
 不思議だよね。
 同じ顔で、いっそナツの方が男らしく見られることに気を遣ってるのに、可愛いんだから。
 そこら辺の女の子より、絶対ナツの方が可愛いよ。
「ホントのことじゃない」
「そういうこと言うから、一琉ちゃんに御曹司って言われんじゃん」
 僕の少し長めに切ってもらってる前髪を、ナツが梳いて軽く引っ張った。優しい気性を表すような、甘い曲線を描く瞳。
 いいな……。どうせ双子なら、僕もナツみたいになりたかった。

 みんな最初は、僕の見せ掛けの人当たり良さを気に入るけど、最終的に絶対、ナツを選ぶんだ。
 ナツの思慮深さとか、真面目さとか。ナツの持ってる本当の意味での「優しさ」に気付いたら、大抵は僕のワガママにも同時に気付いてしまうから。