……藤崎先生みたいに、最初っから僕の本性に気付いちゃう人は少ないけどね。
「もう藤崎先生んとこ行くの、やだ」
ため息混じりに本音を呟いてしまった。
工学部の受験科目には化学が必須なんだけど、どうしても化学向きに頭の出来ていない僕は、仕方なく先生のもとへ教えてもらいに行かなきゃいけない。それが最近の僕の、深刻なストレスになってる。
しゅんっとおとなしくなった僕に、ナツは心配そうな顔で「なあ」と話しかけてくれた。
「オレが教えてやろうか?化学」
「何言ってんの…実は一番忙しいくせに」
何度も何度も考えて、とっくに諦めた選択。化学に限らず、理数科目全般得意なナツに教えてもらうこと。
仕方ないよ。これ以上、ナツの時間を取ったり出来ないんだから。
ぼんやり見上げてると、ナツは苦笑いを浮かべた。
「ナツ?」
「気にすんなよ」
「でもさ…」
「言ったろ?アキの味方だって。もしその方がいいなら、いくらでも教えてやるよ。時間ぐらいなんとかなるさ」
そんな風に言って、またナツは僕のワガママを聞いてくれようとする。自分の勉強をする時間もないくせに、僕の望みを叶えようとするんだ。
ナツの優しさが切なくて、自分の身勝手が腹立たしくて、僕は黙って首を振った。
――藤崎先生は、知ってる。
僕のイヤなとこも、ナツの凄いとこも。
ちゃんとわかってるから、ナツには真剣に向き合ってる。ナツの行動をちゃんと観察して、面倒がらずにひとつひとつ、理解しようとしてくれてる。
僕がナツに甘えてるって、正面から指摘してくれたのは藤崎先生だけだ。だからこそ僕は、藤崎先生が嫌いなんだろう。
……ほんっとに僕はワガママだなあ。
「いいんだ」
「アキ?」
「ごめん、愚痴だよ。ちゃんと藤崎先生に教えてもらう。…このまま負けっぱなしじゃ悔しいしね」
ナツにこれ以上気を遣わせないよう、強気に言ってみる僕だけど。どうにもあの人には勝てる気がしない。
思わず拗ねた顔になってしまった僕に、「そうか」って呟いたナツは、今度はいきなり、おかしなことを言い出した。
「でも最近、仲いいじゃん」
「…なにそれ」
何を言われたか本当にわからなくて、首を傾げると、ナツは不思議そうな顔をするんだ。
「なにって…お前と一琉ちゃん。最近、仲いいじゃん」
「はあ?!」
がばっと起き上がった。
何それ!ナツ、ちゃんと僕の話聞いてたの?!毎日のように嫌味言われてるって言ってるじゃないっ。ナツには注意する時でも何でも優しいのに、僕にはいちいちつっかかるんだよ!
「藤崎先生と僕が、いつ?!いつ仲良くなんかしたって?!」
「だってさ…一琉ちゃんオレとか他の生徒には先生の顔するけど、お前にだけは素で喋るじゃん。お前だって、一琉ちゃんの前でだけ、猫かぶんないだろ?」
ナツ……それは、仲がいいとか言わないんじゃないの?先生は僕が気に入らなくて本性むき出しなんだよ。僕だって、あの人に気を遣うとか考えられないし。
どう言えばわかってもらえるだろうと、思案する僕に向かって、またナツは意外なことを言い出した。
「それに、お前ここんとこ、一琉ちゃんの話ばっかりじゃん」
「……え?」
「気付いてねえの?毎日のように藤崎先生が〜って、その話しかしねえじゃん」
「…………」
「一琉ちゃん見つけたら、絶対話しかけてるしさ。もしかして自覚ナシか?」
面白がって笑うナツの前で呆然とする僕は、言葉が出てこないほど驚いていた。