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一緒に歩く僕がお店のショウウインドウを覗いてると、一緒に立ち止まってくれるけど。ナツの視線は人の流れとか、道路標識に向けられてる。
何か欲しいもの、見たいものがあるときに、それをナツに言うでしょ?そうしたら必ず「あっちにある」とか「こっちがいい」って答えるんだ。
僕が「知ってるの?」と聞けば、必ず帰ってくる答え。
――「わかるんだ」
ナツは僕なんかが想像もつかないほど、大きな視点で物事を見る。まっすぐな視線で、誰かの意図を見透かしてる。
同じ遺伝子を持った双子。
でもナツは時々、他の誰よりも遠い存在になる。
小さい頃からずっと思ってた。置いていかないでって、必死だった。
泣きそうになって下を向いてしまう僕に、藤崎先生の穏やかな声が降ってくる。
「君たちは、違う人間だよ」
知ってるよ、そんなこと。わかってる。
どんなに頑張っても、勉強しても、僕ではナツに追いつかない。
成績や点数で勝っても仕方ないって、わかってるんだ。ナツの価値は、学校の枠の中でなんか計れない。
いつもいつも僕のワガママを聞いてくれるナツ。僕の方が長男だって、お兄ちゃんなんだとかって、口にすればするほどそれは意味をなくして空虚になる。
わかるんだ。
いつかきっと、僕はナツを見てるだけの存在になる。
「…ナツの夢を、支えていたいんだ」
呟く僕に、藤崎先生は溜め息をついた。
「本当はそんなこと、思ってないだろ」
「そんな、僕は…」
「ナツくんは自分の夢くらい、自分の力で叶えられる。…君が一番良く知ってるんじゃないのかい?」
大きな力でドン!って突き落とされたみたいに、僕は絶望して唇を噛み締めた。
遠く遠く、ナツが離れていくとき。僕はちゃんと、ナツを応援できるんだろうか。
ナツの立つ場所にだけ光が当たったときに、僕は祝福してあげられるだろうか。
……嫉妬に狂い、僕がナツの足を引っ張ってしまったら。
誰が僕を止めてくれるんだろう。
両手で顔を覆い、下を向いた。
ナツに似ても似つかない、醜い顔でいるのを、先生に見られたくなかった。
情けない僕の頭を何度か撫でて、先生はそうっと背中に手を回してくれる。
僕はそのまま、縋るように先生の白衣を掴んでいた。
細い身体……力を入れたら、折れてしまうんじゃないかって思うほど。
「君は、君じゃないか」
先生に身体を押し付けられて、僕は躊躇いがちに細い身体を抱きしめてみる。
布越しの体温とか、自分とは違うリズムで刻む鼓動が気持ち良かった。
上半身を起して、椅子に座ったまま藤崎先生を引き寄せると、先生は抗いもせずに僕の頭を自分の胸の辺りに抱き寄せてくれる。優しく髪を梳く指は、ナツより華奢で、ナツより冷たかった。
ナツ以外の人間とこんな風に、心臓の音が伝わるくらい近く抱き合うのは、初めてかもしれない。
「生徒会室でのナツくんを見ていればわかるよ。彼は自分の気持ちより、立場を優先するタイプだ。個人の都合を後回しにしてでも、全体の成果を目指していく…小さな歪みを大きな流れの中で修正するのが、彼の最も得意とするところだろうね」
「先生…」
ぼんやり顔を上げるといつの間に外したのか、先生はメガネをかけていなかった。
初めて見る、先生の素顔。幼く見える造作の中に、深い色の瞳が僕を映してる。
「先生も…ナツの方が好き?」
ふと口をついた言葉。自分の声が子供っぽくて、びっくりしてしまう。
自分の言動に赤くなる僕を見下ろしていた先生は、にいっと口元を吊り上げた。意地悪な表情だけど、そうしてるほうが可愛いな。
「どうしてそう思う?」
「だって…」
「君は自分より、ナツ君が好きなんだね」
「そりゃ…そうだよ。僕はずっと、ナツみたいになりたかった」
優しくて、真っ直ぐで。何事にも真摯な態度で臨むし、常に現状には満足してなくて、上を目指してる。
「確かに生徒会長は、ああ見えて真面目だからねえ」
「…うん」
「向上心が強いんだろうなあ。周囲は何でも面白がるなんて言うけど、あれは彼じゃないと出来ないことだよ。少しでも何かが良くなるように考えるのは、彼にとって当然のことなんだろうね」
僕は見上げる先生の顔から視線を外し、白衣の胸に額を押しつけた。
ナツのこと、最初からここまで正確に掴める人は、めったにいない。ナツの真面目さはわかりにくいから。
たとえば、テスト勉強。ナツはいつも適当で、何もしてないように見える。
いつまでも遊んでるって、付き合いの長い嶺華生でも、今だにそう思ってる人が少なくないだろう。
確かにナツはテスト前だからって、とくに時間を割いて勉強したりはしていない。