ナツは自分の勉強を、全て授業中に消化してるんだ。抜群の記憶力と、類まれな勘の良さで、先生の言葉を一言一句、聞き漏らさないようにしてる。
そして……他の時間を、嶺華の運営に費やしている。内部進学テストを控えた、今でも。
嶺華高等部は、他の学校に比べて生徒会の関わる範囲が広いんだ。食堂、購買、校内行事なんかも。
今までの生徒会は、役員全員で分担してたみたいだけど、ナツはそうしなかった。
仕事が出来るかどうかより、信頼できるかどうかで仲間を選ぶせいかな。だから今の生徒会は、結束が固くて仲が良い分、ナツの負担が大きい。ナツが動いて初めて、僕たち他の役員に仕事が出来るんだ。
毎日のように忙しく動くナツを見ていたら、つい「もういいじゃない」って言ってしまうんだけど。
でもナツはいつだって「その方が楽しいだろ」って笑う。
オレは平気だよって。心配かけてごめんなって。
僕はそうやって人のために駆け回るナツの背中を、ずっと見ていた。
全然敵わない。
逆立ちしたって僕には出来ない。
そんなナツの姿に気付いた人は、必ず魅了されて、ナツを追いかけるようになる。生まれたときからそばにいる、僕がそうであるように。
先生だって、同じなんだろう。誰より早く、ナツのことを理解した人。
先生の顔を見られない。きっと幸せそうに微笑んで、ナツのことを思ってるから。
……嫉妬は、醜すぎる。
目を閉じてただ縋りついてる僕の、頭の上。先生の笑う声が聞こえた。
「君は、本当に。そんなにナツくんが好きなのかい?」
「同じでしょ…先生だって」
悔し紛れに言うと、先生は顔を上げなさいって言うみたいに、僕の髪を柔らかく引っ張った。
嫌々ながら、顔を上げる。
そこで見たのは、やっぱりちょっと意地悪そうな、先生の可愛い顔。
「勝手に決めるんじゃないよ」
「…………」
「ぼくは一生懸命で一途な生徒会長より、ワガママで猫かぶりでプライドの高い、実は相当な皮肉屋の副会長が、お気に入りなんだけど?」
よほど、呆気に取られた顔をしてたのかな。僕を見下ろす先生は、声を立てて笑い出した。
「ははは!なんだい、その顔!」
「ちょ…からかわないで下さいっ」
先生の身体を離し、立ち上がろうとした僕は、肩を押されて椅子に戻されてしまった。
「初めて見た。そういう顔を、鳩が豆鉄砲食らったような顔、と表現するんだね」
「馬鹿にするのもいい加減に…っ」
「失礼な。ぼくが嘘をついているとでも言うのかい?」
「だってそうでしょ!」
「君ね…自分がナツくんの大ファンだからって、ぼくにまで自分の趣味を押し付けないでくれないかな」
ファン?!僕たち双子のことを、なんだと思ってんのこの人は!
文句を言おうと口を開きかけた僕は、どんどん近くなってくる先生の顔に、思わず目を閉じてしまう。
何が起こるのかと、身を竦める僕の額。柔らかい感触が、ちゅっと小さな音を立てた。
「な…っ」
「ぼくは昔から、趣味が悪いんだ」
「どういう意味ですかっ!」
怒鳴るけど、自分でもわかる。物凄く顔が熱い。
だ、だって今、なんかキスっぽくなかった?!額だったけど、でもちゅって音がしてたし!!
「なにを赤くなっているんだか」
「ほっといて下さいっ」
「これくらいしないと、君はぼくの言葉を信じないじゃないか」
「だからって!これ、こーいうのは!」
「なんだい?」
「だ、だからっ」
こーいうのは、女の子にするもんじゃないの?!少なくとも先生が生徒にすることじゃないよっ。
大体、先生の方がよっぽど華奢で可愛くて、そうやってメガネ外してたら、女の子より整った顔してるくせに!
「でも、信じただろう?」
にやにや笑いながら、してやったりって顔してる。もう……照れる余裕もないよ。
「悪趣味…」
「そんなに自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな」
「先生のことですっ」
「だから君を気に入ってる、ぼくのことなんだろう?いいんだよ、悪趣味で。ぼくはトカゲやカエルなんかも好きだしね」
「同列?!」
爬虫類や両生類と同じレベルの話?!
二の句を告げないでいる僕の前で、物凄く楽しそうに笑ってる先生は、例の問題集を取り上げて、僕の頭をぽんっと軽く叩いた。
「それで、どうするんだい?」
「…どうするって言われても…」
「君、本当は文系なんだろう?去年度の学年末テストは英語が満点だった」
この人は……本当に、なにもかもお見通しなんだ。もう驚かないよ。
「担任でもないのに、よく知ってますね」
「君を気に入ってるんでね。調べてみたんだ」
「ほんっとにヒマなんだから…」
「図書館で原書を借りていることもあったよね。ぼくは英語が嫌いだから、気が知れないけど」
「…そうなんですか?」