「生徒の気持ちを教師がわからなくてどうするんですか、と藤崎先生が仰って。最終的には千秋が出席者の方々を説き伏せたんだが…しかしお前な。事前に私へ報告しようとは思わなかったのか?担任として立場がなかったぞ」
オレが事情を全部知ってるって、そう思い込んでる山野先生は、口を挟む暇もなく話すんだ。
一息ついたところで渋い顔をする山野先生に、オレは曖昧な笑みを浮かべた。
「すいません…時間が、なくて…」
どう言えばいいかわからず、適当な返事をする。なんでオレがこんな言い訳してるんだ?
なに?なにが起きてんだよ。
オレに付き合わなくてもいい、行きたいところへ行たらいいって言った時、何度聞いても工学部を受けるって言ったじゃん。同じこと何度も何度も聞くオレに……しつこいって……。
「まあいい、結果オーライだ。千秋が首席確実な成績を取ってくれたおかげで、私の顔も立った」
「…はい」
返事をする声が、つい暗くなったオレのことを、驚いた顔で見た山野先生は、慌てて言葉を足してくれる。
「すまんすまん。お前ももちろん合格だからな。十分に素晴らしい点数だったぞ」
「…ありがとうございます」
必死に笑うけど、笑えているとは思えない。そんなオレの様子に、山野先生は心配そうな表情になった。
「どうした。気分でも悪いのか?」
「いや…寝不足なだけですよ」
言い繕うと、山野先生はそうかって安心したように笑ってくれる。よほどアキのことが嬉しいんだろう。先生には珍しく、他のことには気が回らないみたいだ。
「そうだ千夏、まだ本人には言うなよ?来週の月初生徒総会で、大々的に発表するそうだからな」
「了解…黙ってますよ」
「本当か〜?お前らは、なんでもかんでも筒抜けだからなあ」
大きな声で笑いながら、先生は職員室の方へ離れていく。
しん、と静まり返った階段。
オレは壁に背を預け、ずるずると座り込んでしまった。
放課後の校舎。遠くから、生徒の声が聞こえてくる。
でもみんな、もう教室を出ているのか、誰も通りかからない。人が来ないのをいいことに、オレは長いことうな垂れて、その場に座り込んでいた。
――何が、起こったんだ?
うまく整理がつかない。なんでオレは、こんなに泣きそうなんだろう。
アキが英語得意なのも、外国文学に興味持ってるのも知ってた。あいつは当然の選択をしただけだ。
じゃあ、なんで工学部を受けるなんていう嘘をついた?直前で志望を変えたって山野先生、言ってたけど。そんなこといつの間に……オレにさえ、黙って。
じわりと瞼が熱くなる。
ダメだ、オレは泣いたりしちゃいけない。一度泣いたら立ち直れないって、自分自身が一番よく知ってる。
ここ最近、アキは様子がおかしかった。
夜遅くまで家に帰って来なかったり、家でも口数も少なくて。悩んでいるように見えたから、どうした?って何度も聞いたけど、大丈夫だって首を振るばかりだった。
志望を変えたなら、そう言えばいい。
やりたいことを見つけたアキを、オレが応援しないわけがない。
会議に呼び出されるほど試験直前になってから、志望学科を変えたなんて。きっと大変だったろうに。……オレは、何も協力できなかった。
それはつまり、オレの力なんか必要なかったって、そういうこと?
やば……アタマ、痛い。
オレたちは顔が似てるだけで、よくテレビなんかでやってる双子の不思議、みたいなもの、何もないけど。痛みだけはお互いにわかるから。
自分まで痛くなるわけじゃないよ。
でもなんか、相手が痛がってるとこが重く熱くなっていって……わかるんだ。
アキに知られたくない。
今、頭痛の原因なんか聞かれても、うまく誤魔化せる自信がない。
進路のことを知ってるって、気付かれるわけにはいかない。アキはまだ、オレが知らないと思ってるはずだ。
最近のあいつがおかしかったのは、オレに進路のことを知られたくなかったからだろう。
だったら山野先生からもう聞いてるなんて、言うわけにはいかない。山野先生にも来週の総会まで黙ってると約束した。
アキがいつオレに言う気でいるのか、わからないけど。
小さい頃は、オレたちに秘密なんか何もなかった。どうせすぐにバレるし、そもそも相手に黙ってる必要を感じなかった。
少しずつ年を重ねていけば、年相応に言えないことが増えたけど。でもそれはアキへの秘密じゃなく、誰にも言えないことだったから。
言えることなら、誰より先に聞いて欲しいのは、アキだった。今もそうだ。
もしかして、オレだけがそう思ってた?オレだけが双子という存在を、特別視しすぎてるのかな。
アキが「工学部を受ける」って言ってくれたとき、本当に嬉しかったんだ。アキは文学部へ行きたいんじゃないかなって、思ってたから。