【その瞳に映るものC】 P:04


 なんかオレのことを優先してくれたみたいで、オレのことわかってくれてるって思えて……今考えたら、けっこう身勝手に喜んでいたかもしれない。
 そうやってオレが変にはしゃいでしまったせいで、言えなくなったのかな。
 でもさ。志望学部なんて、一緒じゃなくても大して問題じゃないじゃん……オレはアキが同じ工学部へ進まないことなんかより、それを言ってもらえなかったことの方がずっと辛いよ。

 そんな頼りない?
 自分の気持ちを打ち明けられないほど、アキにとってのオレは、つまんない存在なのかよ。
 でも今こうやって、アキのことを何もわかっていなかったと突きつけられて、立てないぐらい動揺してるオレは、まるで子供だ。
自分の無力を自覚できないでいる、頼りない存在。
 ははは……もう、いっそ笑えるって。
 いつからアキとこんなに離れてしまったんだろう。それとも、同じ場所に立っていると思っていたのはオレだけなのか?

 ああもう、アタマ痛てえ。後頭部がズキズキ疼いてしかたない。
 アキに伝わってるかな。心配させてるかもしれない。
 昔はアキを心配させないよう、ケガとか病気とか、なんとか隠そうと思って、色々やってたよ。でも、どれも上手くはいかなかった。……オレに何かあると、小さいアキはいつも泣いてたから。
 痛みなんかに負けたくなかった。
 どんなことがあっても、平気で立っていたかった。
 ――アキ泣かせないように。
 頑張ってきた、つもりなんだけど。
 でも傲慢なオレの思い込みは、どうやら空回りしていたみたいだ。

「…行かねえと…」
 ふらふらしながら立ち上がる。
 こんなとこに、しゃがんでる暇はない。
 修正した後期予算を試算して、来月の学食メニューが上がって来てるはずだから、それも確認して。一年生と二年生の中間テスト、成績発表の準備もしないとだし、7月には二年生の修学旅行もある。
 階段を降り始めたオレは、自分が抱えてる仕事に、初めて興味をなくしているのに気付いてた。
 ――違うだろ。
 興味があるとかないとか、関係ない。
 やらなきゃいけないことをやるだけだ。オレに立ち止まってる時間なんか、ないだろう?
 でも誰もいない廊下に立つと、自分が逃げたくなってること、わかっちゃうんだ。
 このまま帰ってしまいたい。
 アキに会いたくない。

 ……ああ、こういう気持ち。
 アキがオレと、ずっとすれ違っていたのは、オレに会いたくないからなんだ。

 それでもオレは、重い足を引きずって生徒会室へ向かう。
 逃げたい気持ちはどんどん大きくなっていて、叫びだしたいくらいだけど。逃げるという行為それ自体が一番怖い。
 自分で背負った責任から逃げてしまったら、オレはアキからも嶺華からも、必要とされなくなってしまう。
 ずっとオレの中にある、不安の正体。
 子供の頃から思ってたことだ。
 ――なんでオレは、双子なんだろう?
 世界にはアキしかいらなくて、アキさえいれば、周囲の人たちは幸せなんじゃないだろうか。
 ある日突然、オレがいなくなってしまっても。
 そこにアキがいれば、みんな幸せでいてくれる。自分の存在しない、アキしかいない世界を想像すればするほど、幼いオレは怖くて仕方なかった。
 笑いかけてくれるアキだけが、オレを認めて、繋ぎ止めてくれていたんだ。
 
 
 
 
 
「遅っせーよ会長!!」
 ドアを開けるなり言われて、オレは苦笑いを浮かべた。
「悪ぃ、手間取った」
「なんだよ?山野になんか言われたか?」
「ぼくの前で先生を呼び捨てにするのは、やめてもらおうか」
 ちょっと睨むような視線で一琉ちゃんにたしなめられ、オレに声を掛けたクラスメイトが頭を掻く。
「スイマセン、いつものクセで」
「まあ、ぼくも学生の頃はやってたけど」
 にやりうと笑う一琉ちゃんの表情に、一瞬張り詰めた生徒会室の空気が、途端に崩れた。
「なんだよも〜…脅かすなよ一琉ちゃん」
 わあっと笑いが起こって、オレは笑みを浮かべながら、アキを探して。
 目が合うなり、逸らされた。
「…………」
 アキの視線はさまよって戸惑って、一琉ちゃんの方を向いてから、オレのところへ戻ってくる。
「えっと、出来ることはやっといたよ」
 そんな困った顔で笑うなよアキ。そんな顔されたら、どうしていいかわかんなくなるじゃん。
「会長、聞いてくださいよ〜」
「どうした?」
 ソファーの上に鞄を置いて、近づいてきた背の低い後輩の頭を撫でてやる。
 会長って呼ばれるのが、すごく重い。
 三年生の多い生徒会で弄られるばかりの後輩は、それをオレに一生懸命訴える。でも今のオレは、曖昧に笑うばかりで、気の利いた答えを返してやれない。
 アキの方が生徒会長に向いてないか?
 オレがやる必要はあるのか?