どんどんマイナス思考に陥ってる自覚があるのに、どうしても気持ちが前へ向かないんだ。
はっと気付いたら、隣に幼馴染みの藍野直人(アイノナオト)が立っていた。
「ど、うした…直人?」
「俺は何でもないけど…ナツこそどうしたんだよ。なんか、顔色悪いよ」
人の心に敏感な直人。その心配そうな表情の向こうに、アキの背中が見えていた。
振り向けよ。
なあ、気付いて。
でも本当にアキが手を止めてこっちを向いた時、目を逸らしてしまったのはオレの方。慌てて直人を見上げ、首を振った。
「何でもねえよ」
「でも」
「顔色悪いのはお前だろ。大丈夫か?ちょっと休んでれば」
「また〜。会長、直人のこと甘やかし過ぎだって」
いつも通りのやり取りなのに、返す言葉が出てこない。焦るオレが口を開きかけると、まっすぐこっちへ歩いてきた一琉ちゃんが目の前に立ち止まった。
「ナツくん、座って」
「え?」
「いいから座りなさい」
厳しい声で言われ、おとなしくソファーに腰掛ける。いつもは見下ろしてる小柄な一琉ちゃんを見上げてると、冷たい手が額に触れた。
「ちょっと熱いな」
「そう、かな?自分ではわかんないけど」
「どうしたのナツ!」
驚いた表情のアキが駆け寄ってくる。その表情を見て、さっきから続く頭痛がアキには伝わってないんだと気付いた。
痛みも気持ちも伝わらないなんて、生まれて初めてかもしれない。
「どっか苦しい?痛いとこはないよね?気分は?ねえナツ、大丈夫?」
心配そうなアキは矢継ぎ早に聞いて、オレの手を握ってくれる。
腕を組んでアキを見ている一琉ちゃんが呆れた表情を浮かべた。
「君、邪魔」
「じゃ、邪魔って何ですか!弟の心配しちゃいけないんですか?!」
「心配だけなら、よそでやりなさい」
一琉ちゃんはアキを押しのけて膝をつくと、オレの手を取ってくれようとした。
脈を確かめたかったのか、熱を測ろうとしたのか。わからなかったけど、オレは怖くなって一琉ちゃんを避け立ち上がってしまう。
「ナツくん?」
「悪ぃ、大丈夫。ただの寝不足だから」
山野先生に言った言い訳を繰り返した。
手、震えてる気がする。
こんな情けない姿、誰にも知られたくない。
「でもこんな状態でここにいても、邪魔なだけだよな」
その場を繕おうとする自分の言葉が、何のひねりもない言い訳で、笑えた。
何、オレ。本気で逃げる気か?
「邪魔とか言うなよ会長」
邪魔だよ……だってオレはもう、声を掛けてくれる友達に、笑いかけることすら出来ないんだ。
自分の中で大きくなる恐怖に押されて、みんなに背を向けたオレは、鞄を開き昨日一人で作ったCDを取り出した。
家にアキがいないと、やることなくて、どんどん仕事が進んでしまう。
「今日の予定、全部入ってる。悪いけど確認しといて」
「全部ってナツ、また無茶なこと…」
驚いた顔で押し付けたデータを受け取るアキが、眉を寄せるけど。オレは早くここから逃げ出したくて、なりふり構っていられなかった。
「大したことねえよ。三期目なんだし、慣れてる」
「ねえナツ、帰るなら僕も一緒に…」
「お前までいなくてどうするよ?月末なんか目の前だぞ」
「じゃあ俺が一緒に行く」
直人が珍しく強引なことを言って、捕まえるみたいにオレのことを強く抱きしめた。でもびくって、驚いたあいつはすぐにオレを離したんだ。
「ナ、ツ?」
ごめんな直人。震えてるの、気付いたよな。もう隠していられない。
「いいから、お前も手伝ってろ」
「ナツ…やだ、ナツ。俺も行く」
そうやってると直人は、まるで出会った頃の幼い子供のみたいだ。人の心に敏感で、他人の気持ちを自分のことみたいに苦しんで。いつも孤独に怯えてた。
ああ、やっとわかったよ、直人。
自分がいらないと思う恐怖は、こんなにも酷く自分のことを傷つけるんだな。
こんな辛い気持ちを、お前は幼い頃に経験したのか?だからそんなに、優しい言葉で他人を包める。
オレにはムリだ。
今のオレには、ムリだよ直人。
「頼むから…直人」
今のオレは、何の役にも立たないんだ。
お前を守ってやることも、アキに何かしてやることも。嶺華の会長はオレだ、なんて図に乗って笑うことも出来ない。
「明日には元気になってるよ」
「ナツ…ほんとに?…ねえナツ、だったら夜に電話してもいい?」
「いいよ。だから、な?」
「うん…わかった…」
渋々頷く直人の髪を少しだけ弄って、オレはアキの横を通り抜けた。
「じゃあ悪いけど、後頼むわ」
足早に生徒会室を横切って行くオレのこと、みんなが心配そうに見てる。長い付き合いの奴でも、こんな無責任に仕事を放り出すオレを見るのは初めてだろう。
「ゆっくり休めよ会長」
「会長、ちゃんと寝てくださいね」