ふうっと溜め息をついた美沙さんは、当時のことを思い出したのか、ちょっと苦い顔になる。
「…私その時、大泣きしちゃって〜。居合わせた人みんなに慰められてね〜。いいよ〜泣いちゃいな〜って言うから、甘えてわんわん泣いたの〜。大人なのにね〜」
「美沙さん…」
「でもね〜。泣きたいだけ泣いたから〜…やっと自分が四六時中ムリしてたんだ〜って、わかったの〜」
美沙さんはいつもとは違う、苦笑いを浮かべてオレを見ていた。
「あ〜あ、言っちゃった〜。内緒の話なのに〜」
「…ごめんね」
辛いことを思い出させてしまったオレが謝ると、美沙さんはまるで母親みたいに、オレの頭をぽんぽんと、優しく叩く。
「ナツくん頑張り過ぎだよ〜。いつも笑ったりしなくていいんだよ〜?しんどかったらしんどーい!って言っていいよ〜」
「…………」
「ね〜?」
笑いかける美沙さんに同意して、タケルも頷いてくれた。
「一人じゃないよ〜」
「…うん」
「泣き言いっぱい言えばいいよ〜。泣きたかったら泣いてもいいんだよ〜。…そしたらきっと、また笑えるから〜」
舞台に上がったときにね〜って。美沙さんは言ってくれる。その言葉に押され、オレは両手で顔を覆ってしまった。
オレはちゃんとしてなきゃいけないんだって、子供の頃からずっと自分に言い聞かせてた。何も話してないのに、美沙さんにはわかったんだろうか。
タケルと美沙さんと、二人がかりで慰められてる情けないオレは、他人に寄りかかるのが気持ちいいって、初めて思ってた。
自分で思う以上に、張り詰めてたのかもしれない。ただ黙ってるだけでも、少しずつ身体が軽くなってるのがわかるんだ。
そうやって、ただ黙りこくって。
しばらくして、顔を上げた。
「…ありがと」
「どういたしまして〜」
にこりと笑う美沙さんを呼ぶ、マスターの声。ちょっと躊躇う様子の美沙さんに、タケルが「行って下さい」と促している。
「任せていいのね〜?」
「大丈夫です」
「泣かせてもいいけど離れちゃダメよ〜」
「はい」
「じゃあ行って来ま〜す」
最後にぎゅっとオレの身体を抱きしめてくれて、美沙さんが離れていく。
二人きりになった狭い空間。
オレは力が抜けて、ずるずるとテーブルに突っ伏していった。
ああもう、ホント情けねえ。
ここを離れるなって美沙さんの言葉に、タケルが頷いてくれたってだけで、こんなに嬉しいなんて。
「…なんか、あったか?」
躊躇いがちな優しい声。
オレは一度首を振ったんだけど、堪えられずにテーブルへ身体を預けたまま、上目遣いにタケルを見た。
相変わらずの無愛想な顔。意志の強い眉の下の瞳が、オレを映してて。視線の穏やかさに、ぐらぐら心が揺れる。
「タケル…」
「なんだ」
「オレ、うまく喋れねえかも」
それでも聞いて欲しいんだ。聞いてくれる?って視線で尋ねると、タケルはゆっくり頷いてくれた。
「俺はここに、いるから」
「……。うん」
素直に頷き、そっと目を閉じる。
タケルの手が気持ちいい。
嶺華生でも身内でもないタケル。
こいつとはまだ、友達って言うには日が浅すぎるかもしれないけど。だからこそオレは、今の情けない自分を晒していられるんだろう。タケルに会うのは、シェーナに来たときだけだから。
いまだにオレはこいつの携帯番号を知らないし、メアドも聞いてない。
言葉の少ないタケル。
でも必ず目を見て、オレの話を聞いてくれる。
何の責任も感じずにいられるタケルと二人でいる時間は、いつも穏やかで気持ちいい。
タケルといるときだけ、オレは生徒会長でも、笠原家の息子でもなく、素の自分のままで話を聞いてもらえる。
身勝手かな。
またオレは一人、都合のいいことを考えてるんだろうか。
ぼんやり目を開けると、美沙さんが持ってきたらしい、新しいアイスミルクティを片手に、オレの頬を撫でてるタケルが見えた。
「…手…」
「嫌か?」
「ううん、あったかくて気持ちいい」
「そうか」
手の甲で触れるだけだったタケルは、オレの言葉を聞いて、包むみたいにしてオレの顔に大きな手を置いてくれた。
テーブルに置いた自分の手を枕に、うっとり目を閉じてしまう。
「なあ…タケル…」
「ん?」
目を開けて、タケルを見上げて。
泣きそうかも……瞳が濡れてるの、自分でもわかる。
タケルはそんなオレに、ちょっと驚いたようだったけど。弱さを許してくれるみたいに、微笑んだ。
「手…気持ちいい…」
「ああ」
慰めてくれるタケルの手が気持ちいい。オレに何も期待しない、タケルとの時間が気持ちいいんだ。
だから……正直に話しておこうって、思った。
オレはきっと、この先何度タケルがシェーナへ来ても、アキを紹介出来ない。
「…タケルとアキが会うの、イヤだ…」