「先輩…」
オレのことを丸ごと受け入れてくれる、優しいタケル。それはいつか、アキに会わせてもらうため?
だったら、ごめんな。
でもこれ以上、お前を振り回したくないよ。
「…アキとお前を…会わせたいくない…」
オレのやってることは、本末転倒なのかもしれない。タケルと会う時間を自分だけのものにしたいからって、こんなことを言いだして。
タケルがここへ来ている目的を、忘れたわけじゃないのに。
でも言っておきたかったんだ……タケルが偶然にでもここでアキに会って。二人が親しくなったらきっと、オレの存在なんかすぐに必要なくなってしまう。
――いやだ。
それだけは、いやなんだ。
ずきずき胸が痛くなるのを堪えながら伝えたオレに、タケルは穏やかな声で「好きにしたらいい」って囁いてくれた。
「タケル…?」
「アンタがそうしたいんだったら、俺は構わない」
「…うん」
年下のタケルに甘えてるなんて、かっこ悪い。でも今のオレには、虚勢を張るだけの余裕がなかった。
「もう…ここへは来なくなる?」
「どうして」
「だってさ…好きなんだろ?アキのこと」
アキを紹介してやると言ったのは、オレだったから。
頬の上に乗っかってたタケルの手はそうっと移動して、髪を梳き、首筋に触れた。それから、また頬を撫でてくれる。
「俺はアンタに会いに来てるんだ」
「…オレ?」
「そうだよ。…俺が声をかけるとき、アンタはいつも一人だろ」
「そっか…そうだな…」
確かにそうだ。
タケルが来るのはいつも、オレが一人の時だけだった。
目を開けて、タケルを見る。
「アキのことは、いいのか?」
「アンタに会いたいんだ」
きっぱりした声で言ってくれる。
「…ありがと」
自分がやっとちゃんと笑えたって、見なくてもわかった。
本当だね、美沙さん。正直に弱音を吐いたら、笑えるようになる。
タケルの手が、一瞬止まった。でもまた探るみたいに、オレの顔を辿ってくれる。
「顔…触られるの、嫌じゃないか?」
聞かれて、そういえば最初から、タケルに触られるの嫌じゃなかったな、と思い出していた。
「いいよ…タケルだったら、いい」
「そうか」
「最初に会ったとき、急に手を伸ばされてびっくりしたけど…嫌じゃ、なかった…」
サイズの合わない嶺華の制服を着て、アキを見に来ていたタケル。あの時もタケルはオレを心配して、手を伸ばしてくれた。
「お前は?嫌じゃねえ?」
「嫌だったら触ってない」
「うん」
気持ちが少しずつ静まって、やっと頭が事実を整理し始める。
「…寝るなよ?」
笑いをかみ殺すような、タケルの声。
「寝るかよ」
「でも、眠そうだぞ?」
「ん…タケルがそうやって、触っててくれたら寝ない…」
子供みたいなことを言ってしまったオレに、タケルは平然と「じゃあ触ってる」って答えてくれた。
優しい優しい、タケルの声。
あったかいタケルの手。
せっかく甘やかしてくれるんだから、もっと甘えても平気かな?
「なあ…今日さ。仕事放り出して、逃げ出してきたんだ…」
話してみると、タケルはちょっと不思議そうな顔をしてる。
「生徒会?」
「うん」
「アンタいつも忙しそうなのに、大丈夫なのか?もっと忙しくなったりしないか?」
心配そうな顔。ちょっと嬉しい。
「それは大丈夫…今日やることは、昨日のうちに済ませてあるし…確認事項とか、任せてきた…」
「じゃあ、たまにはいいだろ。息抜きってことで」
「でもさ…みんな、怒ってねえかな…」
居場所がなくなるのが怖い。オレじゃなくても大丈夫って言われるのが、一番怖いんだ。その為にオレは、幼い頃から必死にやってきた。
アキはもう、オレを必要としてくれないから。これ以上いろんな手を離されたら、オレはどこへも行けなくなる。
タケルは少し黙って、何を言うか考えてるみたいだ。その間に指先で、オレの耳を弄ってる。くすぐったくって目を閉じた。
「そうだな…」
「ん〜?」
「もしアンタがいないことで、仕事が進まなかったり。多大な迷惑でも蒙ってたら、少しぐらい怒ってるかもしれない」
耳朶を、軽く引っ張られて。オレは目を開ける。タケルは穏やかな顔に、真摯な表情を浮かべてオレを見つめていた。
「もし怒らせてたら、謝るしかないだろ」
「…許して、くれなかったら?」
「そんなはずないじゃないか。ずっと一緒にやってきた仲間だって、アンタ前に言ってただろ。きっとわかってくれる」
「でも…」
「わかってくれなかったら、わかってくれるまで謝るしかないんじゃないか?…後悔してる、なら」
言われて、泣きたくなって。
ぎゅうって目を閉じると、タケルが大きな手で目を塞いでくれる。
まるで泣いてもいいよって言ってくれてるみたいに。
「後悔は、してない…」
「そうか」