「良くない。ちゃんと話してよ。ねえ、怪我でもした?それともどこか身体…」
「余計なこと、言ったな」
困った顔。ごめんって、僕はナツに謝らせてばっかりだ。
ナツはいつだって、先回りして謝ってしまう。
僕には謝らせずに、全部自分のせいだって思って。何も言わない僕のこと、わからないのは自分のせいだって思って。
話は終わりだとばかりに、歩き出そうとするナツの手を、僕はもう一度捕まえる。
ぎゅうって強い力で握ると、ナツは仕方なく立ち止まってくれた。
「聞いて」
「…………」
「本当に、工学部へ行く気だったんだ。ナツと同じ道へ行こうって思ってた」
その気持ちは嘘じゃない。
僕はけして、自分を犠牲にしているつもりなんかなかった。
「ナツが何度もいいのか?って聞いてくれるのが、理解できなかった。一緒にいるのが当たり前なのに、ナツは何を言うんだろうって思ってた」
「…お前、前から外国文学に興味持ってたじゃん…」
そうだね。やっぱりナツは、僕のことを理解してくれてる。
僕自身が考えなかった自分の希望、ナツはわかってたから、何度も何度も聞いてくれたんだよね。
「でもそれとこれとは別、って。本当に思ってたんだよ」
僕はバカだから、ナツがせっかく言ってくれてる言葉を、ちゃんと考えていなかった。
「…………」
「ナツの夢を応援するのが僕の夢だって、信じてたから。…でもね。藤崎先生にそれは違うって言われて、ようやく気付けたんだ」
人に言われて初めて気付く辺り、相当間抜けだと思うけど。
苦笑いを浮かべる僕の腕を、今度はナツの方が強い力で掴む。
驚いてナツを見ると、その表情はみるみる険しくなっていって。
「?…ナツ?」
「藤崎が言い出したのか?」
「え?」
さっきまで藤崎先生を一琉ちゃん、なんて親しげに呼んでいたナツなのに。唐突な言葉を上手く理解できない。
「お前、藤崎に言われて進路を変えたのかよ?」
怖い顔になってくナツを見て、僕は手を離そうとしたんだけど。ナツはきつく腕を掴んで、離してくれない。
「藤崎に文学部を受けろって、そう言われたのか?」
「あの、ナツ?確かにそうだけど、だからそれは…」
きっかけに過ぎないんだって、僕が言おうとしたとき。静かに生徒会室のドアが開いて、その向こうで待っていてくれるはずの藤崎先生が入ってきた。
先生を見た途端、ナツは僕の手を離し、大股に藤崎先生の方へ近づいていく。
「…アンタがアキを唆したのか?」
ナツが何を言い出しているのかわからずに、僕は首を振っていた。
なに、唆すって?
いきなり何を言ってんの。
でも藤崎先生には話がわかってるのか、肩を竦めてナツと向かい合ってる。
「…結果的には、そうなるのかな」
「勝手なことすんなっ!」
手を伸ばしたと思ったら、ナツは藤崎先生の白衣を掴み上げていて。
「ナツ!」
驚いた僕は、慌ててナツに駆け寄り、藤崎先生を掴む手を捕まえる。
何やってんの?!
そんな問題じゃないって、わかってるはずじゃない!
「ナツ、やめてよ!」
「アンタたちにとって、内部生が首席取ることは、そんなに大事なことなのか?その為だったら何でもすんのかよ!」
さっきまでの暗い表情が嘘のように、ナツは激しい怒りを爆発させている。
「わけのわかんないこと言わないで!首席とかそんなの、関係ないって!」
「お前は黙ってろ!」
「ナツ!」
「嶺華の伝統がなんだってンだ?!たかが挨拶ひとつのことで、生徒の進路まで変えさせんのか!?」
「違うってば!」
僕は先生の肩を抱くと、ナツの手を掴んで引き離し、振り払った。思わず力が入ってしまったせいで、反動を受けたナツは足をもつれさせその場に膝をつく。
きつい視線で睨まれるけど、僕は先生を腕に抱いたまま、ナツを睨み返していた。
「勝手なこと、言わないでよ」
「簡単に騙されてんじゃねえぞ、お前も」
「関係ないんだよ首席とか!これ以上理不尽なことで藤崎先生を責めるなら、いくらナツでも許さないよ!!」
言い放つ僕を、ナツは呆然と見つめて。ふらふらと立ち上がる。
「何、言ってんだ…?お前、オレより藤崎を信じるってのか?」
「先生が僕を唆したって?何の根拠があってそんなこと言うの。僕は先生と相談して、自分の道を選んだんだ。僕を信じてないのはナツじゃない!」
「アキ…?」
「っ…僕と先生が、どんな風に話し合ったのか、何も知らないくせに…。やっぱり僕とナツは、違う人間なんだ。ナツには僕の気持ちなんて、わからないよ」
藤崎先生を悪く言うナツの言葉に、耐えられなかった。
この人は……この人だけは、ナツじゃなく僕を選んでくれた人なんだ。藤崎先生は初めて、僕自身をちゃんと見てくれた人なのに。