いつだって。
どんなに僕が迷った時だって。ナツは必ず僕を導いてくれた。
「僕は先生の言う通り、昔からナツにくっついて、ナツに頼ってばっかりで。自分で考えることさえ、放棄していたのかもしれない…」
僕が感情で突っ走るとき、それに意味を与え、方向を与えてくれるのは、いつだってナツだった。
いつも僕のこと見ていてくれたんだ。
目を閉じた暗闇に、ふっと浮かんだ懐かしい情景。
広い草原を見つめる、ナツの背中。
僕がナツに自分のワガママを押し付けた最初は、あの時かもしれない。自覚してワガママ言ったの、たぶんあれが最初だ。
目蓋を上げ、先生を見つめる。
静かに僕を見守ってくれる先生に微笑みかけ、僕は「聞いてくれる?」と囁いた。
力強く頷いてくれる先生は、いつものように僕の言葉を待っていてくれる。
「昔…乗馬を習ったことがあって」
「うん」
「バランス悪くて、馬とも仲良くなれなくて、僕はどうしようもなく下手だったんだけど。…ナツは、すごく上手かったんだ」
今でも思い出せるよ。
ナツが馬に乗る姿は、絵に描いたみたいにきれいだった。
「そんなナツを見て、おじい様が喜んで下さって。僕らに一頭ずつ、サラブレッドを贈って下さったんだけど…僕はそれからすぐ、ナツにやめたいって言ったんだ」
二頭の子馬は、僕らと同じ双子だった。
とてもきれいな動物。走る姿は小さいなりに美しくて、ナツと二人で長い間眺めていたのを覚えてる。
世話をするほど懐くよって、厩舎の人が教えてくれたのに、僕たちはその牧場にさえ行かなくなった。
乗馬をやめたときから、預けっぱなしになってしまってるけど。あの子達は今どうしているんだろう。
「ナツはわかったって言って。二人ともやめるって、おじい様に言ってくれたんだ。ごめんなさいって」
「おじい様は、残念がられただろうね」
「うん…」
わがままな子供。
全部わかっていたんだろう。おじい様に「お前は何か言うことがないのか」って言われて、僕が何も言えないでいると、その時もナツが僕のことを庇ってくれた。
アキは何にも悪くないよって。
自分が言い出したんだって。
「…僕はナツが、贈ってもらった馬を大事にするのが、嫌で仕方なかった。ナツが夢中になるもの、みんな遠ざけたかった」
「アキくん…」
「幼い頃の僕はずっと、いつか誰かにナツを取られちゃう気がしてたんだ。それが怖くて仕方なかった」
最後の日、ナツは名残惜しそうに自分の馬を撫でていて。もう会えないのがわかるのか、馬のほうもナツから離れようとしなかった。
子供じみた嫉妬を感じながら、僕がナツの背中を見てると、ナツは笑顔で振り返ってくれて。
今度は何しようか?って。
アキの好きなことしようなって、言ってくれたんだ。
すごく嬉しかったの、覚えてるよ。
あの頃の僕は、いつもでもナツに僕のことだけ見ていて欲しかったから。
そのワガママは半ば、叶ったのかもしれない。
ナツはずっと僕のそばにいてくれた。
成長してからも子供の頃と変わらずに甘えて依存する僕のこと、ナツはたくさんの我慢を自分に架しながら、守ってくれた。
「どんどんナツは強くなって、僕のことを受け止めながらでも、色んなことを出来るようになったけど。たくさんのものを引き受けて、色んな人の手助けをして、それでも。…いつまでも自分で歩こうとしない、僕の手を引くことを、一番優先してくれるんだ」
僕とナツの関係は、あの牧場でワガママを言ったときから、少しも変わってない。
「…ずっとそのままで、いるのかい?」
先生の言葉に、僕は首を振る。
「ダメ、だよね」
「そうだね」
「僕が自分で歩けないと、いつかナツの足枷になっちゃうよね」
もうすでに、そうなってるのかもしれないけど。
ナツが大事だと思うなら、僕はナツから離れなきゃいけないんだろう。
進路を自分で決めたのは、せっかくの一歩だったのに。僕はまた悪いクセを出して、ナツがわかってくれるのを待ってしまった。
どんな言い訳をしても、そういうことなんだ。
どう言えばいいかわからなかったとか、言葉が見つからなかったとか。
そんなもの全部、言い訳だ。
僕はナツが状況を察して、気持ちを語る言葉を導いてくれるの、待ってた。
いい加減、変わらなきゃ。
縋るように見つめる先で、先生の瞳が僕を映している。
「先生…出来るかな、僕にも」
尋ねる僕の前で、先生はちょっと考える素振りを見せて。
にやりと意地悪く笑った。
「どうかな」
「どうかなって…」
ちょっと。ここは普通、励ましてくれるところじゃないの?