【その瞳に映るものE】 P:04


 新しく嶺華に入ってくる人間のことは、外部受験の学生も、もちろん教師も、一通り調べてある。藤崎に関する報告書の中でに、そんな記述があったはずだ。
 吉野さんがにやっと何か、企んでるみたいな顔で笑って、オレを見た。
「当たりか?」
「調べてみる」
 まだわからないけど。もし本当だったら許せない。生徒を景品みたいに……。

「馬鹿なこと言うなっ」

 低い声で恫喝され、はっと顔を上げたオレはそこに、怒りで青ざめるタケルを見つけた。
 白い半袖のシャツに黒いパンツの姿は、初めて見る制服姿だったけど。そんなことに気を取られていられないくらい、いつものタケルとは様子が違う。
「タ、タケル?」
「なんだお前、いつの間に来たんだ」
 吉野さんが聞くのを無視して、タケルはまっすぐオレを見てるんだ。
 その表情は、いつもの穏やかなものなんかじゃない。
「え…なに?」
「根拠もなく人を犯罪者みたいに言うな」
 厳しい言葉で責められて、オレと吉野さんは顔を見合わせる。
「可能性の話だろ」
「そうだよ…それに、もし本当なら…」
「ありえない!」
「ちょ、タケル…」
「なに考えてんだアンタ!そんな馬鹿な話、信じる方がどうかしてる!」
 視線を鋭くしたタケルに頭ごなしで否定されて、オレもかあっと血が上った。
「だから調べるって言ってんだろ?!」
「他人のことを勝手に調べる権利が、アンタにあんのかよ!」
「仕方ねえだろ、オレはそういう役目なんだよ!」
「嫌ならやめればいいだろ!」
「何がわかるんだお前に!」
「ちょっと〜ケンカしないで〜」
 怒鳴りあうオレとタケルを、美沙さんが止めてくれる。
 立ち上がりかけてたオレは、おとなしく座って。美沙さんに「ごめん」と謝った。
「…大きな声出して、ごめんなさい」
「それはいいんだけど〜。なんか二人とも話が合ってないでしょ〜?」
「美沙さん…」
「タケルくんの言うことはわかるけど〜嶺華のことは私たちにはわからないし〜」
 ね?って美沙さんはタケルを宥めて、とにかく座ったら、と椅子を勧める。
 横で聞いてた吉野さんが、座ろうとしないタケルを見上げて、溜め息を吐いた。
「お前、何が気に入らないんだ?」
「…………」
「その藤崎って教師は、ナツに疑われるだけの事をしてるんだろう?大体、自分でアキを唆したって、認めたそうじゃねえか。下心があると思われても、現状で否定できる要素はねえよ」
「…下心なんか、あるはずない」
 悔しそうに呟くタケルは、じっとテーブルを睨んでる。
「…何を知ってんだ、お前?」
 尋ねられても、タケルは下を向いていて返事をしようとしない。
 ……嫌な沈黙が流れていた。
 吉野さんに答えようとしない、タケルのその態度にオレはますますイラっとして、口を開こうとしたんけど。
 ちょうどその時、誰かがオレたちのいる席に近づいてきたんだ。
「あの、ごめんなさい…少しいいですか」
 見たことのない女の子。この辺では見かけないセーラー服姿だ。
 淡い髪色がゆるくウェーブしてて、大きな瞳によく似合ってる。かなり可愛い彼女を見て、美沙さんが立ち上がった。
「まどかちゃん」
「ごめんね、美沙ちゃん。ちょっとだけいいかな」
 美沙さんからまどかちゃん、と呼ばれた少女は、申し訳なさそうに、オレに向かって頭を下げていた。
「あ…ごめん。こっちはいいよ」
「すいません、すぐなんで」
「どうしたの珍しい〜。何か飲む〜?」
「ううん、あんまり時間ないの。パパからチケット預かってきたから、これ…え?」
 鞄を探っていたまどかちゃんは、美沙さんに封筒を渡しながらこっちを見て。隣に突っ立ってるタケルに視線を止めた。
「…ひょっとして、藤崎くん?」
 声をかけられ、タケルが弾かれたように顔を上げて。まどかちゃんの顔を見ると、途端に青ざめた。
「!…み、皆見(ミナミ)」
「ええっやっぱり!どうしたのこんなとこで?家ってこの辺だっけ?」
「あ…あの」
 嬉しそうに話しかける少女と、動揺して視線をさ迷わせるタケルのことを、交互に見ていた美沙さんが、首を傾げてまどかちゃんに尋ねる。
「まどかちゃん、タケルくんのこと知ってるの〜?」
「うん、クラスメイトなの。でもびっくりした〜!こんなところで藤崎くんに会うとは思ってなかったから」
 学校からけっこう遠いし、と話す彼女の言葉。
 藤崎、という呼び名がオレの脳裏をぐるぐる駆け回っていた。
「藤崎…?藤崎、タケル?」
 まさか、ほんとに?
 吉野さんがちょっと厳しい顔になって、タケルを見上げる。
「お前、まどかの同級生ってことは、中学生だったのか?」
「あの…俺…」
 顔色を悪くし、しどろもどろになってるタケル。オレも自分が、青くなっていくのがわかった。
 年下だとは思ってたけど、まさか中学生だなんて。