タケルのことが頭から離れない。
ああ、そうだよな。
アキに惚れてるんだろって決め付けたのオレだし、あいつのガタイから勝手に高二だって決め付けたのもオレだった。
アキに会いたがらなかったタケル。
絶対に自分の制服で会わなかったタケルは、何を考えてオレと話してたんだろ。
思えばオレは自分の話を聞かせるばかりで、あいつの話を聞いてやらなかった。普段ならそんなこと、絶対しないのに。
きっと甘えてたんだろうなって思うよ。
タケルと一緒にいる時間は、それくらい心地良かったんだ。
いつもいつも自分の存在を確かめるみたいにして、人の世話ばっか焼いてるオレが、唯一頼ってばかりの関係だったから。
四歳も年下のヤツに、そこまで寄りかかっていたのかと思うと、情けなくて涙も出ない。
身体を投げ出してるソファーから、ぼんやりと暗い天井を見上げる。
バカだよな、行くとこねえんだもん。
オレが今いるのは、馴染み深い嶺華の生徒会室。
運転手さんに行き先変更を告げたまでは良かったんだけど、「どちらへ?」って聞かれても答えらんねえの。
とりあえず何か言わねえとって思って、前によく遊んでた繁華街の名前を挙げたんだ。
しばらくは着いた先の街を、ぶらぶら歩いてた。
何年か前に夜遊びハマって、通ってたクラブとか店とか。久々に行ってみるのもいいかなって思って。
でもオレはすぐに、自分が誰とも話をできる状態じゃないって、気付かされた。
キャッチもナンパも鬱陶しかった。かけられる声に返事をすることすら面倒で。
おまけにどこへ行くったって、制服のままじゃどうしようもねえし。結局はその辺のタクシー捕まえて、乗ったんだけど。
そこでまた、オレは行き先を失う。
じいちゃんの所へ行こうかとも思ったんだけど、今の情けない姿を晒したら、心配されて家に連絡されるのがオチだ。直人の所へ行ったって同じだろう。
アキが迎えに来る、なんてことになったら、今度は逃げようがない。
当然シェーナへ戻ることも出来なくて、家に帰ることも出来なくて……今度こそ本格的に、行き場所失って。
最終的に告げた行き先は、学校だった。
オレ、ほんと情けねえな。
夜の学校なんて、本来なら生徒でも許可取んねえと入れないんだけど、オレは平然と中へ侵入していた。
タケルと初めて会ったとき、よく嶺華のセキュリティを抜けられたなって言ったけど、実はこの学校、そこそこ抜け道があるんだ。とくに関係者に対して甘いから。
もちろんこんなこと、普通の生徒が知るわけない。オレみたいに生徒会の関係者でもなければ。
今の嶺華高等部に一番詳しいのは、会長のオレだと思うよ。ただ、本当に知りたいことを、何も知らないだけでさ。
灯りをつければ、さすがに警備が気付くだろうし。オレ自身もあんまり、明るいところで自分を見たくない。
真っ暗な中、時計を見たら、ぼんやりした光が21時を表示してる。
音を落としてある携帯には、何度も何度もアキとタケルから着信があって、そのうち美沙さんや吉野さんも連絡くれるようになっていた。オレはそれを見ていられなくて、ついに電源を落としてしまった。
みんなごめんな。
オレの勝手で振り回して、心配掛けてごめんなさい。
このままオレがいなくなったら、どうなるだろうって考えて、苦く笑う。
心配かけるに決まってる。そして見つけ出されるんだ。笠原家ってのは、そういうの得意だからさ。
でもオレの存在がまったく無くなってしまったら。世界中のどこを探しても、オレがいなくなってしまったら。
……きっとみんな、オレを忘れてしまうんじゃないかな。
小さい頃からずっと思ってた。
だからいつも苦しかった。
二人で生まれてきたオレは、自分がスペアのような気がして、そんな自分の考えから今でも逃げられずにいる。
自分を大事にしてくれるアキや両親、直人のことを信じてないわけじゃないよ。
でもそれは、存在するから、大事なんだろう?
アキに憧れれば憧れるほど、同じようにはなれない自分を呪ってた。
だから必死になって、他人と関わることを増やしたんだ。
オレを必要としてくれる人を増やしたくて、どんな面倒も引き受けた。
でもそうやって、かき集めるようして得たものは、結局あっという間に崩れてしまう。
オレは一体どうしたらいい?
何をしたら、ここにいてもいいんだって自分に許してやれる?
オレが手を伸ばして欲しがるものは、みんなオレを必要としてくれない。
泣きたいよ。
本当は子供の頃から、アキみたいに声を上げて泣きたかった。
タケルが泣きたくなったら呼べって言ってくれたとき、ほんとに嬉しかったのに。
その言葉すらオレを素通りしていった。