泣かずに頑張れば、まだここにいても許される?
もうどうしていいか、わからないんだ。
ぎゅうっと目を閉じたまま溜め息をついていたオレは、ゆっくり身体を起こした。
生徒会室に誰かが近づいてくる足音。
バレたかな。バレたなら仕方ない。
きっと警備員だろうと思って、ぼんやり言い訳を考える。誰にも迷惑かけないような、上手い言い訳。でも今日に限って、思考が纏まらない。
散漫にどうしようか考えていたオレは、ゆっくり開くドアを見守って。
現れた人物に、目を見開いた。
「やっぱり、ここにいたね」
呆れてる声に、もうつっぱねる気力はなかった。
現れた藤崎一琉は、周囲を気にしながらドアを閉めると、足音を立てないようにして、オレの方へ近づいてくる。一度学校を出た後なんだろう、いつもの白衣を着ていない。
柔らかそうなカットソーにジーンズを穿いてる姿は、まるで高校生だ。
「…何してるんですか?」
「何してる、は、ぼくのセリフなんだけどね。行くところがないなら、若者らしく夜遊びでもしていればいいものを。君たち双子は本当に嶺華を好きだよね」
その言葉がいちいち嫌味に聞こえて、オレは眉を寄せる。
藤崎は灯りをつけようともせず、オレの前まで来て、ソファーの前のテーブルに行儀悪く座ると、メガネ越しにオレの顔を覗きこんできた。
「泣いてないの?」
「意味わかんねえよ」
「そう?アキくんも武琉も、きっと君がどこかで泣いてるって言っててさ。楽しみにしてたんだけど。なんだ泣いてないのか」
残念、なんて言って、肩を竦めてる。
オレは藤崎の口からは聞きたくなかったタケルの名前を聞いて、その場を離れるために立ち上がった。
「どこ行く気?」
「帰るんですよ」
「どこへ?帰る場所があるなら、最初からこんなとこにいないだろ?居場所がなくて隠れてたくせに」
痛いところをズバズバ刺されて、オレは口を噤んだまま、藤崎を睨みつける。
ああそうだよ。オレに行くとこなんかねえよ。だからってアンタに関係ないだろ。
無視して出て行こうとしたオレの手を、藤崎が強い力で引き戻して、ソファーへ座らせた。
「逃げるんじゃないよ、生徒会長さん」
「誰が…」
「ぼくは別に、迎えに来たくて来たんじゃないよ。君のことは放っておいても大丈夫だと思ってるし」
「だったら放っておけばいいだろ?」
「そうしたいんだけどね。仕方ないだろ?お気に入りの生徒は君を心配して、どうしようって電話かけて来るし。家に帰ったら今度は弟が、死にそうな声で君に嫌われたって泣き言ばっかり言ってるし」
マジに嫌そうな顔で溜め息をついた藤崎は、バカだよね、と呟いた。
「ナツくんに限って、本当に周囲が心配するようなマネ、するはずないのに。アキくんは思い当たるところ全部探した、なんて言ってたけど、ぼくは最初からここだと思ってたよ」
口元を吊り上げ、藤崎はしてやったりって顔をする。ムカつくオレは足を組んでソファーの背もたれに身体を預けると、そんな藤崎を正面から見つめた。
「オレをどうしたいんですか。今の言い方なら、まだアキに知らせてないんだろ」
「まあね」
藤崎はテーブルに座ったまま足を組み、自分の膝に肘を突いて顎を手に乗せると、そのままオレを探るように見つめている。
メガネの奥から鋭い視線を向けられ、オレはアキがこの人を信じてしまったのも、無理ない気がしていた。
整った顔の中に大きな瞳が印象的で、でも可愛らしくはなくシャープな雰囲気を崩さないから、とても理知的に見える。
その少し茶色いような瞳の色は、確かにタケルと同じ色だ。
オレが理由もなくタケルを信じたのと同じように、アキだってこの人を信じたんだろう。
「君の方こそ、ぼくに聞きたいことがあるんじゃない?」
「…………」
「どうしてアキくんを唆したんだとか、弟が君に近づいたのはぼくの指図なのか、とかね。聞きたい?」
意地悪そうににやにや笑う藤崎は、そういう顔こそ本性なんだろう、生き生きして見える。
「…楽しそうですね」
言ってやると、彼は悪びれた素振りも見せずに「もちろん」と破顔した。
「完璧主義の君が、そうやって弱ってるのを見るのは快感だね。しかも助けるのも壊すのも、ぼく次第でしょ?今の君、そうとう落ちてるし」
勝手なことを、いたく嬉しそうな顔で言い放つ。
そういえばアキ、自分とオレや他の生徒の前では、藤崎の態度が違うって、拗ねてたけど。これが本当の藤崎?
「君さあ、実は相当、根暗でしょ」
オレは顔を強張らせた。
……アンタよくもそんな、人が気にしてること、ばっさり指摘出来るよな。
藤崎はオレの様子に満足したのか、猫のように目を細めて、楽しげな笑みを見せていた。