「まあ、あんまり君を苛めるとアキくんがうるさいから、聞きたいこと教えてあげてもいいよ」
しかたないなあ、と肩を竦め、藤崎は偉そうな態度で「唆したのは事実だ」と言い切った。
「あんた…」
「でもね。ぼくには嶺華の伝統とか、先生方のプライドとか。そういう面倒なの、どうでもいいんだよね」
「今さら何言ってんだ?他にどんな意図があるっていうんだよ」
イラつくオレを煽るように、笑みを浮かべた藤崎は、あっさり「ぼくの為」なんて言うんだ。
「……は?」
「ぼくが君とアキくんを引離したかったから。唆したのは、そういう理由」
「オレとアキって…なんで…」
意味がわからない。
オレとアキを引き離して、藤崎にどんな利があるっていうんだ?
困惑するオレのことを、藤崎は面白がるように見ていた。
「アキくんは君のことが大好きなんだよ」
「…………」
「二言目には、ナツが、ナツは、ナツの〜ってね。ぼくと二人でいても、話の内容は君のことばっかりだ」
「でもそれは…」
双子だからしょうがない、と言いかけたオレの言葉を遮って、藤崎はすうっと目を細めると「ムカつくんだよね」と呟く。
「確かに君たちは双子だけど、別の人間だろう?」
「当たり前じゃないですか」
「ぼくが気に入ってるのは、愛想がいいくせにワガママで、好き嫌い激しく心の狭い兄の方なんだよ」
「ちょ…あんたな!」
「悪ぶってるけど実は品行方正で、けっこう根暗な生徒会長じゃなくてね」
唖然としてしまって、二の句が継げなかった。
いや、確かにオレのことは当たってるし、アキのことだってまあ……ハズれてるとは言えないけど。気に入ってるって言う人間のこと、そこまで言うか?!
オレはどうにも理解が追いつかず、混乱して藤崎の顔を凝視する。
「ちょ…待って」
今の会話、どっかおかしくなかったか?
オレには藤崎がアキを気に入ってて、自分の方を振り向かせるために、内部進学テストを利用した、みたいに聞こえてるんだけど……まさかだよな?
「アンタはオレよりアキを気に入ってるんだよな?」
「そうだね」
「でもアキとオレがいつも一緒だから、それが気に入らなかった?」
「そうだよ」
「だったら物理的に引き離してしまおうと思って、アキが進路を変えるように誘導したのか?」
「アキくんの希望でもあったから、都合が良かったしね」
「…案の定アキは進路を変えて、それをオレに言えなくて、オレたちは一緒にいる時間が減って…結果的にあんたは、アキを手に入れた?」
「手に入れた、は、まだ気が早いよ」
「じゃあ、手に入れる手がかりを掴んだ」
「正解。良く出来ました」
にっこり笑う藤崎を見ていたら、何かがすとんと自分の中に落ち着いて。なんか、笑いがこみ上げてきた。
だってオレとアキが悩んだり苦しんだり、相手の気持ちがわらかなくて泣きそうなほど辛かった理由は、この人のワガママから始まったってことだろう?
「ちなみにね」
「…まだ何かあんの」
「今日の放課後、君が半泣きでここを飛び出して行ったとき」
「泣いてねえし」
「どうでもいいよ、そこは。君が出て行ったとき、アキくんは追いかけようとしたんだよ」
「え…?」
アキが、オレを?追いかけようとしてくれたのか?
驚くオレを見ながら、藤崎は「でも」と得意げな顔をする。
「ぼくが阻止したんだけどね」
「なんで?!」
「だって。アキくんだいぶ弱ってて、付け入るのにいいタイミングだと思ったから」
あっさりと本音を話す藤崎は、本気でそういうのを隠す気がないらしい。
「それ…教師の言い分じゃないじゃん」
呆れたオレが言うと、失礼な、って藤崎は拗ねた顔になった。
「ぼくは最初から、アキくんに対してだけは教師じゃなかったよ。気付いてたんじゃないの、君も」
「…まあ、確かに」
同じ目線でケンカふっかけたり、余計なこと言って怒らせたり、確かに最初からアキに対してだけセンセイの顔をしていなかった。
「最初っから、そのつもりで?」
「う〜ん、ぼくとしても君たちが、こんなにこじれるとは思ってなかったんだけど」
少しくらいは申し訳なく思ってるのか、反省しているように見えなくもない顔の藤崎を見つめ、オレは苦笑いを浮かべた。
「反省してんの」
「あんまりしてない」
「ったく。…まあ、仕方ないかもな。今の話聞いてて、そういう時期だったんじゃないかと思ったよ。結果的にね」
早かれ遅かれ同じようなことは、起こっていたのかもしれない。アキとオレはそばにいすぎて、互いを同一視しがちな傾向があるから。
アキが工学部を希望したことを、オレは素直に喜んでしまった。
オレがアキを庇うことに、アキの方も慣れ過ぎていたんだろう。
それが相手に無理を強いてるって、きっとオレたちは、二人とも気付いてたんだ。