【その瞳に映るものE】 P:09


 なのにわざと、目を逸らしていた。
「居心地が、良かったんだよ」
「まあ、そうだろうね」
「アキに必要とされなくなるのが、怖かったんだ」
 オレはアキのことなら何でもわかっていたから。
 いや、わからなかったのかもしれないけど、オレがわかってるって顔をしてれば、アキはその通りに動いてくれた。
 知らない世界は、怖いだろ?
 アキのことだけ考えていれば、オレは知らない世界に飛び出さなくても良かった。
 それはオレの庇護下にいさえすれば、痛い思いをしなくて済むと思っていたアキも、同じだったのかもしれない。

 オレがずっと抱いている、強くなりたいという思いは、予感だったんだろうか。
 いつもアキを理由にして、それに頼って自分を支えてたオレは、いつか一人で歩かなきゃいけないって、わかってたのかな。
 自分の力が及ばないところへ、一人で歩き出す時が来ても、ちゃんと自分で立っていられるように。

 顔を上げ、先生を見つめる。
 オレの考えが纏まるまで、じっと待っていてくれた藤崎先生は、確かにオレの前ではセンセイの顔をしていた。
「強くなるには、どうしたらいいかな」
 素直な気持ちで尋ねると、先生は一瞬で嫌そうな表情に変わった。
「君、それ以上強くなってどうするの」
「オレは強くなんかないよ」
「そう?」
「情けないとこばっかだよ…タケルに聞いてんじゃないの」
 最近のオレを見ていたタケルなら、わかってただろうから。あいつから聞いてるんだろ?って揶揄するように言うと、先生は肩を竦めた。
「武琉と君が出会ったことは、本当に偶然なんだよ」
「どうだか」
「あれ?信じないのかい。そんなこと言ってると、武琉が泣くよ」
「…タケルが?」
 あいつが泣くとこなんて、どうにも想像できないんだけど。
「あの子はね、別にぼくに何か言われて、君と会ってたわけじゃないんだ。君たちが何を話してるかなんて、ほとんど聞いてないよ」
「そう…なのか?」
「うん。興味もないし」
 おいおい。いいのかよそんなことで。
 先生は曖昧に笑うと、手を自分の後ろ側について、溜め息を吐いた。
「ぼくのこと、調べたんだって?」
「まあ、それなりに」
「じゃあ両親のことも知ってるね」
 世界的にも有名な指揮者と、バイオリニストの両親。
「藤崎伽乃子(カノコ)さんのCD、何枚か持ってるよ」
「それはどうも」
 にこりと笑った先生が、前髪をかき上げる。
「…ぼくには本当に、音楽の才能が全然なくてさ。そういうのって、両親とぼくにとってどうでもいいことなんだけど。武琉はそう思わないみたいなんだよね」
「タケルは詳しいよな、音楽のこと」
「そうなの?あんまり知らないんだ。あの子、ぼくの前では音楽の話、しないから」
 先生の言葉がちょっと意外で、驚いた。
 オレと一緒にいるとき、タケルはけっこう熱く語ってたように思うけど。
「武琉は藤崎家の音楽遺伝子を見事に受け継いでいて、耳の良さなんか、まだ言葉もろくに話せない頃から、両親に絶賛されてたよ」
「ああ、そうだな」
 確かにタケルが、演奏に使われてる楽器の良し悪しを聞き分けたときは、オレも驚いた。
「なのにぼくの前では、全然音楽に触れようとしないんだ。興味ないって言って」
 ふっと口元に笑みを浮かべた先生は、やけに優しい表情をしてる。
「君とは音楽の話、出来るんだね」
「…タケルは何を気にしてんの?」
「さあ?…誰かに何か言われたんじゃないかな。ぼくに才能がないの、悪く言う親戚もいるし。だからあの子は、幼いなりに必死になって、ぼくを守ろうとしてくるんだと思うよ」
 先生の言葉に頷いた。
 わかる気がするよ、そういうの。タケルの優しさって、誰かを包み込むようなあったかさがあるから。
「色んなこと、一人で我慢してるんだ。昔はピアノを習ってて、先生が感心するくらい上手かったし、本人も嬉しそうに通ってたんだけど…ある日突然、行きたくないって言ってやめちゃった」
 そう言うと先生は、じっとオレの顔を見つめた。
「?…なに」
「似てるよね、君と武琉」
「そう、かな」
「自覚しないくらい、我慢して。辛くなると、自分が頼りないからだって言って、自分を責めるでしょ」
「…………」
「武琉とぼくは年が離れてるから、あの子のそういうところ、見守っていてあげられるけど。アキくんと君は、双子だしね。お互いに依存し合って、身動き取れなくなってるんじゃない?」
 先生は穏やかに言うと、手を伸ばしてオレの頭を撫でてくれる。
 そうだね。
 オレたちは依存し合って、自分たちがいつまでも二人でいられると思ってた。
 何かで傷つけられても、互いのところへ戻ってくれば、戦わなくても守ってもらえて、傷を舐めてもらえるの、知ってる。
 こんな状態じゃ、相手を縛るばかりだ。