「…自分の足で歩けるようにならないと」
呟いたオレに、先生はくすくす笑い出した。
「なに?」
「同じこと言ってる、アキくんと」
「アキと?」
「やっぱり、どうしようもなくそういうところが、双子なんだよねえ」
そっか……アキも、覚悟決めてんだ。
可笑しそうに笑ってる先生をじっと見つめ、オレは同じ質問を繰り返した。
「強くなるには、どうしたらいいかな」
もっと強く。心身ともに。
真剣に尋ねるオレの言葉を、今度は茶化さずに聞いてくれて。先生は思案するように首を傾げた。
「…人によるんじゃないか?君には君のやり方があるんだろうし」
「オレの、やり方」
「思いつかないなら、とりあえず手当たりしだいに、何でもやってみれば」
あっさりと言われ、オレの方こそ首を傾げる。
「手当たり次第?」
「そうだよ。思いつくこと、全部」
先生の言葉を聞いて、オレはふいに、じいちゃんの姿を思い浮かべていた。
あの人のようになりたかったのは、なにも姿かたちのことじゃないはずだ。
そんなオレの様子に気付いて、先生が声をかけてくれる。
「…なにか、思いついた?」
「うん」
「やってみる?」
「協力してくれるなら」
「…ぼくが?」
不思議そうな先生に、今度はオレが意地悪く笑う番だ。
「オレが一人立ちすれば、アキの気が引きやすいとか、思ってんでしょ」
「まあ…否定はしないけど」
「じゃあ協力してよ、先生」
アキには教師の顔しなくても、オレには教師の顔で接してくれるんでしょ?
答えを待つオレに、溜息をついた先生は身軽にテーブルから立ち上がると、手を差し出した。
「仕方ない」
「…良かった」
「でも、条件」
すぐさま言われて怯むオレに、先生はやっぱりに勝ち誇った顔で笑う。
「ひとつ、ぼくには随時報告のこと」
「了解」
「ふたつ、呼び方を戻してくれないかな」
「…は?呼び方って…」
オレが先生の手を取りながら立ち上がると、大きな瞳で見上げる表情が、少し幼くなる。
「君、ぼくのこと気安く呼んでただろ?」
「…一琉ちゃん、て?」
「声だけはアキくんと同じだし」
「アキに呼ばせればいいじゃん」
「ダメ。アキくんには先生、って呼ばれるのがいいんだよ」
身勝手なことを言う先生……一琉ちゃんを見下ろし、笑ってしまう。
こだわりなんだ?そこは。
「了解、一琉ちゃん」
「じゃあ最後」
「…まだあんの?」
ゆっくり歩き出した一琉ちゃんを追いかける。ドアの前で振り返った顔は、先生でも、アキを気に入ってると話した顔でもなかった。
「一琉ちゃん?」
「今夜、ぼくのところへ泊まらない?」
「え…?」
「どうせ帰り辛いだろ?家には連絡してあげるから」
「それって…」
躊躇うオレに、一琉ちゃんは困った表情を浮かべ、お兄さんの顔をする。
「武琉がね、本気で落ち込んでるんだよ。君に嫌われた、もう君に会えないって」
「…………」
「話くらい、聞いてやってくれないかな。その上で気に入らなかったら、殴るなり蹴るなり好きにして」
無茶苦茶なことを言う一琉ちゃんに、オレは笑みを浮かべる。
すごく会いたくないような、すごく会いたいような、複雑な気がしたけど。悔しそうな顔で、黙ってオレを見ていたタケルを思い出したら、突っぱねたオレの方こそ、子供じみていた気がした。
そうなんだよな……あいつ、まだ十四とか、そんな年なんだよ。
「それで条件は、最後?」
「まあね。条件っていうより、最後のはお願いなんだけど」
一琉ちゃんの隣を歩きながら、オレは笑みを浮かべる。
あんなに落ち込んでたのに、タケルとちゃんと向き合おうって、思ってる自分が不思議だ。
タケルはアキとは違う。
ちゃんと話さないと、何もわかり合えないから。このまま離れるのがイヤなら、自分が思ってることを言って、タケルの気持ちを聞かなきゃいけないんだ。
血の繋がりも、学校の繋がりもない。オレとタケルは、二人でいる時間以外、何の後ろ盾もない関係なんだから。
「じゃあそれ、お願いじゃなくていいよ。オレもタケルと話したい」
そう答えると、一琉ちゃんは初めて見るような人間臭い顔で眉を下げ、良かった、と呟いていた。