【その瞳に映るものE】 P:12


「あとナツくんは武琉の部屋に泊まってもらうから、武琉はソファーね」
「ちょ、ま、あ、兄貴!俺の?!俺のベッドに先輩寝かせんのかよ?!」
「二人で寝られるような大きなベッド、うちにないだろ。…武琉、考えすぎ」
 じろりと睨む一琉ちゃんの意図が、オレにはよくわからない。真っ赤になってる武琉を不思議に思いながら、慌てて二人の間に入った。
「いいよ一琉ちゃん。オレが急に来たんだから、ソファー貸してもらえればいいし」
「…どうする?武琉。ナツくんをソファーに寝かせる?」
 にやりと笑う一琉ちゃんの前で、まだ赤くなったままのタケルは、頑なに首を振って、逃げるように着替えを取りに行ってしまった。
「…もしかしてナツくん、気付いてないのかい」
 一琉ちゃんが渋い顔で聞いてる。
「何を?」
 本気でわからなくて、首を傾げてるオレを、探るように見つめて。一琉ちゃんは溜め息つきながら「まあいいよ」って呟いていた。
 
 
 
 藤崎家の食卓は、びっくりするぐらい賑やかだった。といっても喋るのは主に一琉ちゃんで、タケルはその言葉に顔色を赤くしたり青くしたりするだけなんだけど。
 聞き上手なタケルはこうやって育ったのかなって、垣間見た気分。
 遅い夕食を摂りながら、いろんな話を聞かされた。
 世界中を飛び回る二人のご両親のこと。タケルは一琉ちゃんが育てたようなものだってこと。
 このマンションとは別に、藤崎家の家があるんだけど、二人がここにいるから、ご両親は帰国するたび、ここへ押しかけるんだって。
 そのせいで防音のマンションにしか住めないと、一琉ちゃんは苦笑いを浮かべていた。ご両親がバイオリン弾いたり、ピアノ弾いたりするから。
 リビングの端に置いてある、アップライトのピアノ。
 さっき聞いたばかりの話を思い出して、タケルに「弾かないのか?」って聞いたんだけど。タケルは「弾かない」って、低い声で答えたんだ。
 
 
 
 寝るように促され、タケルの部屋を借りて横になっていたオレは、寝付けずに起き上がると、そっと部屋の外へ出た。
 ソファーに寝ているタケルに近づいたら、こっちも寝付けなかったのか、すぐに身体を起こしてくれる。
「…眠れないのか?」
 聞いてくれるタケルに、首を振った。
「お前は?眠い?」
「…あんまり」
「じゃあちょっと、話してもいいか?」
 オレの言葉に、タケルは息を飲んだみたいだ。そうなんだよ。一琉ちゃんに話を聞いてやってくれ、なんて言われて藤崎家へ来たオレなんだけど、肝心のタケルとまだ話せてない。
 こうして誰もいないところで二人、顔を合わせるのは久々だなって、思い出す。四月に初めて会ったとき以来だ。
 あれからのオレたちは、シェーナで会うばかりだったから。周囲にはいつも人の声がしていた。

 今日、制服姿で駆けつけてくれたタケルに、オレはろくな声も掛けないまま帰ってしまった。もっと違う時なら、ちゃんとタケルの話を聞いてやれたかな。
 身体に掛けてたブランケットを畳んで、タケルが場所を空けてくれる。おとなしくそこへ座ったオレに、タケルはソファーの上で深々と頭を下げた。
「タケル…」
「ごめん、本当に悪かったと思ってる」
「…………」
「あの時、四月に嶺華で会った時。俺、本当は兄貴の様子を見に行ってたんだ。何か面倒なことに、巻き込まれたりしてないかと思ってて」
 そのタケルの話が、さっき学校で聞いた一琉ちゃんの話と重なって、すごく愛しく思えたんだ。
 こいつ、必死で兄さんのこと守ろうとしてんだなって。
「お前一琉ちゃんが普通に就職してたら、会社へ潜り込むつもりだったのか?」
 一琉ちゃんだって大人なんだからって、苦笑いを浮かべて言うと、タケルは首を振って、話しにくそうにオレを見つめる。
「…なに?」
「あの、家の近所で嶺華の人が歩いてるのを見かけて…」
 まあ、これだけ近かったらな。
新任の先生って言ってたから兄貴のことだと思って、話聞いてて。そしたら、なんかその…いま学校でヤリたい相手は誰かって話だったんだ…」
 …………。
 誰だよその会話してたヤツ!!ったく校外でなんて話をしてるんだ……どうしようもねえな。これだから男子校は……。
 確実にアキの名前も挙がってそうな会話の内容が、容易に想像できてしまって、オレは申し訳なくて頭をかいた。
「ごめんな。心配して当然だよな?…そんなこと、絶対にさせないから」
 オレが高等部にいる間だけじゃなく、卒業した後でも一琉ちゃんを守れるように、ちゃんと考えておくから。
 タケルはオレの言葉に首を振って、苦笑いを浮かべると「あんま心配しなくて大丈夫」と呟いた。
「兄貴はああ見えて、強いから。昔、空手習ってたし」
「一琉ちゃんが?!」
 あの華奢な身体で?!