きっと幼馴染みの直人(ナオト)は、ナツから何かを話してもらってるんだって、僕は空港へナオを見送りに行ったとき確信した。
そうじゃなかったら、あの心配性のナオが、ナツ不在の学校から離れて、素直に修学旅行なんか行くわけがない。
ナオは誰よりナツを頼りにしてる。
苦しいとき、悲しいとき、一人で耐えられなくなるとナオは必ずナツを頼るから。
ナツが学校へ来ないのに、ナオが落ち着いてるなんてこと、ありえないよ。きっと二人は僕の知らないところで会って、ちゃんと話をしたんだ。
――もう少しだけ待ってあげてよ。ナツがアキを苦しめるようなこと、するはずないだろ。
旅行前にナオが言ってたセリフ。
もうすでに僕は、苦しいんだよ。でも心配顔のナオを見てたら、わかったと頷くことしか出来なかった。
先生たちも、ナオも、両親も。ナツが何を考えてるか知ってるんだと思う。みんな言うことは同じなんだもん。もう少し待ってやれって。
彼らが許しているなら、ナツはそれなりに道理の通った行動をしてるんだろう。
でも、じゃあ。
どうして僕だけ?
一番そばにいたはずなのに、こんなにも遠く離れてしまったのは、僕のせいなのかな。
藤崎先生は「いい機会じゃないか」って言うんだ。この際だから、自分のことを考えたらって。
……そうだね。確かに僕は先生と約束した。先生がそばにいてくれるなら、ナツと対等になれるよう頑張るって。
でも約束はしたけど、それがナツを失うって意味だったんなら、僕には出来ない。
背中も見えないナツを追うことなんか、出来ないよ。
もう、別の道なんかいらない。
ずっとナツのそばにいる。
だから早く帰って来てって、毎日毎日同じ言葉をメールで送る僕に、ナツからの返信はない。
自分がどんより暗い顔をしてるのはわかってたけど、誰がどう思おうと、もうどうでも良くて。
僕はたどり着いた先のドアに、手を掛けた。そこは誰もいないはずの、生徒会室。
だってさ、することないんだもん。
家に帰るのもイヤだし、ナツがいないのにシェーナ行っても仕方ないし。
藤崎先生の顔を見たら、きっとナツのことを問いただしてしまうから。すっかり通い慣れた化学準備室にも行けないでいる。先生とケンカなんかしたくない。
二年生が修学旅行中は、大した仕事もない生徒会。どうせ誰もいないだろうと思ってドアを開けると、中から楽しげな笑い声が聞こえた。
「……っ!」
驚きに声も出ない僕を振り返ったのは、今日欠席だったはずの生徒会長。私服姿のナツだった。
「ほら、やっぱり来た」
「あ〜…いや、来たけどさ。だからって別に、嶺華大好きとまでは言えないじゃん?アキは役員なんだし」
僕を見てにやりと笑う藤崎先生に、隣に立ってるナツは、苦笑いを浮かべて答えてる。二人の姿はまるで友達同士みたい。すごく楽しそう。
「アキ、お疲れ」
にこりと笑うナツは、僕が来るのをわかってたみたいだ。
「ナ、ツ?…なんで…」
どうしてここに?今日は来ないんじゃなかったの?
「インハイの応援、結果待ちのとこはまだ予定立ててなかったろ?ようやく全部、結果が揃ったからさ。今日じゃなくても良かったんだけど、たまたま時間が出来たから、寄ってみたんだ。そしたら一琉(イチル)ちゃんに捕まっちゃってさあ」
「引き止めといたんだよ。きっと君がここへ来ると思ったからね」
「一琉ちゃんもこう言うし、予定押してんだけど、せっかくだからアキの顔、見てこうかと思って」
「もう行っちゃうの?!」
「ごめんな」
申し訳なさそうな顔で、ナツは少し大きめの荷物を片手に、歩き出そうとする。慌てて駆け寄って、思いっきりナツに抱きついた。
「やだっ!」
「いや、そう言われても…」
「なんで?!どこ行くんだよ!だったら僕も一緒に行くっ」
「直人みたいなこと言うなって。明日には一度、家に帰るから」
な?って言って、慰めるように僕の肩を叩くから。子供のように首を振って嫌がった。いま離したら、またしばらく会えないような気がしたんだ。
「やだ、ナツ…やだ」
「アキ…なあ、もうちょっとだけ時間くれよ。ちゃんと答えが出たら、話すから」
「いらないっ」
「いらないってお前なあ」
「答えなんかいらないっ!絶対ヤだ!離さないからねっ」
「アキ…」
困ってる声。また僕はナツを困らせてるんだ。でも、もうそれでいい。
ナツが僕のワガママに振り回されて、僕はそれがわかってて甘えて。元に戻るだけなんだから。だから今までみたいに、どこへ行くにも何をするにも、一緒にいてよ。
駄々を捏ねる僕の頭をナツが撫でてくれる。形だけは同じだけど、僕より全然優しいナツの手。
ほっと息を吐いた拍子に、後ろから両肩を掴まれた僕は、強い力でナツから引き離されてしまった。