「はい、捕獲」
「一琉ちゃん、悪いね」
まるでそうしてもらうのが当然のようにナツが藤崎先生に笑いかけている。
「ちょ…先生!離してよっ」
振り払おうとするんだけど、先生の手は僕を捕まえて、離そうとしない。そんな小柄な身体のどこにこんな力があるの?!
ナツは僕に掴まれた服を調えて、申し訳なさそうに笑ってる。そしてゆるく後ろへ流してる前髪をかき上げると、その手で僕の髪に触れた。
「ごめんな?」
「ナツ…」
こうして軽く僕の前髪を引っ張るのは、ナツの癖だ。僕を安心させようとするときの癖。変わらない仕草に泣きたくなった。
嫌だよ、ナツ。
ナツのことを一番わかってるのは僕なんじゃないの?
「ねえ、僕がナツを怒らせたから?だからこんな風に、僕を避けるの?」
もっと子供の頃なら良かった。そうしたらわんわん泣けるのに。泣いて泣いて、僕が泣き止まなかったらきっと、ナツは仕方なく足を止めてくれる。
ねえナツ。まだ僕のことを誰より何より大事にしてくれるよね?
「なんにも怒ってないよ」
「だったら…」
「そうだな、オレはお前に負けたくないんだ。それだけ」
ナツの言葉が理解できない。
負けたくないって何?僕がナツに勝ってることなんて、ひとつもないじゃない。
優しく笑いかけてくれるナツは、重そうな鞄を肩にかけて、藤崎先生を見つめた。
「任せて平気?」
「もちろん」
平然と答える先生に、ナツは拗ねるみたいな顔をする。
「…本当はイヤなんだけどね」
「知ってるよ」
「そう言うところがムカつくんだよ、一琉ちゃん。オレとしてはもっと可愛い女の子希望」
「残念だったね。ぼくは君に気に入られたいとは、思ってないから」
理解できない問答を繰り返して、ナツは肩を竦める。ああ、ナツ。藤崎先生のことまた「一琉ちゃん」って呼んでるんだ。全然気付かなかった。
進路のことで僕を唆したって怒って、先生の胸倉掴んで、怖い顔して「藤崎」なんて先生のこと呼んでたのに。
僕の知らないところで、どんな話をしたの?もう僕はいらないの?
悔しくて、目蓋が熱くなってくる。
そんな僕の情けない様子に、ナツはちゃんと気付いてくれた。
「泣くなよアキ…お前が泣いたら、行けないじゃん」
「じゃあ泣くから行かないで」
子供の言い分だ。ナツは呆気にとられた顔をして、すごく嬉しそうな顔をする。
「そうくるか?…ったく。昔っからウソ泣き得意だもんなあ、お前」
そうだよ。昔から僕は自分が泣きさえすれば、物事が有利に動くって知ってた。必ずナツが味方をしてくれるってわかってたんだ。たとえそれがウソ泣きでも。
迷惑かけてたよね。わかってる。悪いところはちゃんと直すから、だから行かないで。
でもナツは苦笑いを浮かべ、宥めるように僕の頬を撫でて。とうとう歩き出してしまった。
「ナツ…っ」
「ちゃんと話すよ、アキ。全部話すから、その時は聞いてくれよな」
だったら今、話してよ。
その時っていつ?
首を振る僕に軽く手を上げたナツは、そのまま生徒会室を出て行ってしまった。