【その瞳に映るものF】 P:07


 武琉くんが申し訳なさそうに頭を下げたとき、先生が戻ってきた。
「何してるんだい?ぼくの言葉、聞こえなかった?」
「聞いてるって、今から行くよ」
 背の高い武琉くんが離れていくのを、唖然として見守っていた。
 すごい……直人より全然がっしりして背も高いし、しっかりした受け答えをするのに。まだ中学生なんだ。
 二年生ってことは、四つも年下?

 武琉くんのいなくなったリビングで、先生は荷物を詰めたボストンバッグのジッパーを閉めて、僕を見上げた。
「それ、武琉が?」
 言葉が指してるのは、顔に当ててるタオルのことだろう。
「冷やした方がいいって」
「今さら冷やしたって、明日は腫れあがるよ、きっと」
「先生…」
「それ見るたびに、思い知ればいい」
「あのねえ」
 ふんって、不機嫌そうに。
 先生はバッグを廊下に置くと、戻ってきてキッチンへ入っていった。無言で冷蔵庫を開け、取り出したのは小さいサイズの瓶ビールだ。
 見たことのないラベルを見つめてると、栓を抜いて口をつけてる先生が、僕の視線に気付いて。にやりと意地悪く笑う。
「ナツくんだよ。土産だって持って来た」
「…な、なんでナツが…」
「武琉に甘いものばっかり持ってくるから、ぼくにはないのって言ったら、持ってきたんだよ。北海道土産だって」
 驚いて、言葉が出てこない。
 いつもは面倒がって、どこ行ってもお土産なんて買わないナツなのに。そういえば僕にも珍しく、お土産買って来てくれてたけど。
「先生…武琉くんに甘いものって、もしかしてキャラメルとか?」
「香港のときはチョコレートだったかな」
 それ、ナツが好きなホテルのだよね。
 パッケージが脳裏に浮かぶ。ナツがお土産買うなんて、珍しいと思ってたけど。みんなに買ってるんだ。
 思わずほっとして、溜め息が出た。
「それ、僕も一緒のもらったよ…」
「君がついでなんだよ」
「…え?」
「だから、ナツくんは武琉に土産買うついでに、君のも買ってるんだろ」
 愕然とする僕に、後ろから「違う」って低い声がかけられる。
「武琉くん…」
「違いますよ。ナツ先輩は、誰よりアキさんのことを大事にしてます」
 着替えてきた武琉くんが、穏やかな声で言ってくれるのに、先生は肩を竦めて立ち上がった。
「そういうの、おためごかしって言うんだよ、武琉」
「兄貴っ」
「チョコレートもキャラメルも、お前がねだったから買ってきたんだろ?普段は土産なんか買わないから、ホテルや空港で手に入るもので悪いなって、ナツくん言ってたじゃないか」
「ねだったわけじゃねえよ。食いたいか?って聞かれたから、答えただけで…」
「ほら。アキくんがついでだろ」
 はっとした武琉くんは、申し訳なさそうに黙ってしまう。僕は中途半端に笑ってあげることしか出来なかった。
 そっか……僕の方がついでだったんだ。
「さて」
 落ち込む僕のことなんか、全然気にした風もなく、先生は用意したバッグを持ち上げると、それを武琉くんに押し付けた。
「持って」
「え、なんだよ?」
「着替えとか歯ブラシとか、一通り入ってるから。明日は休みだろ?」
「そうだけど…」
「邪魔だから、出て行け」
「…はあっ?!」
 びっくりしたのは、武琉くんだけじゃなかった。僕にも先生の意図がわからない。
「ナツくんには今から連絡するから」
「先輩?なんでそこで、先輩なんだよ?」
 武琉くんが慌てて聞くけど、不機嫌な様子の先生は、片手で携帯を弄りながら、武琉くんのを玄関の方へ追いやってしまう。
 事態がつかめず、僕も後を追いかけた。
「ちょっと先生。どうしたのっ」
「兄貴、わけわかんねえって!」
「二人とも、うるさいっ!」
 怖い顔で怒鳴られ、僕と武琉くんは思わず同時に口を噤んでいた。
 先生に追いやられた武琉くんが、わけもわからずスニーカー履いてる間、先生は携帯を耳をあてている。
 ナツにかけてるの?
 っていうか、何が起こってるの?!
「ナツくん?藤崎だけど」
 その言葉に、僕どころか武琉くんまで固まってしまったんだ。先生いつの間に、ナツの携帯の番号なんか……。
「悪いけど、今日の予定は全部キャンセルして、時間空けなさい。…無理じゃないだろ、ぼくの言うことが聞けないって?…そう?いいけど。君が迎えに来なかったら、武琉が野宿するだけだから」
 あっけにとられた顔の武琉くんが、まじまじ先生のこと見つめてる。
「知ってるよな?ぼくは本気でやるよ?…わかった、それでいい。…じゃあマンションの下に放り出しておくから、適当に回収して」
 酷い言葉で電話を切った先生は、武琉くんの横から手を伸ばし、玄関のドアを開けた。
「そういうわけだよ、武琉」
「だから…説明しろよ!何がどうなってんだ?!」