【その瞳に映るものF】 P:10


 間抜けなことにその呼び出し状は、間違って僕の机に入ってたんだよ。
 だから僕は、ナツの代わりに会いに行ったんだ。……ナツのフリをして。

「前髪を緩く流して首元を開けてたけど、君だったよね?」
「…………」
「一緒にいた生徒も、君のことをナツって呼んでいた。…いつもあんな、酷いことをしてた?」
 間近な先生の瞳に、全部知られているんだと諦めて、首を振った。
「いつもって、わけじゃない」
「そう」
「ああいうタイプにでも、ナツは優しいから…」
 まるでナツのことを、ブランドか何かと勘違いしている先輩。箔がつくから、付き合ってるフリだけでもいいんだって言っていた。
 そんな奴にでも、ナツは優しくて。何とか穏便に済ませようとするんだ。
 ナツは自分の周りの人間が傷つけられたら本気で怒るけど、自分自身のことでは絶対怒らない。
 覚えてるよ。舐め回すように僕を見ていた先輩。ナツを値踏みしてるってわかった瞬間、短気な僕はキレていた。
「手酷く振ったよね、君」
 愉快だったな、と先生が笑う。
「アンタ何様のつもりなんだ?家に鏡がないなら、送ってやろうか?オレはアンタみたいなのとつるむ気はないね。自分の価値を下げるだけだ」
 僕の言葉を一言一句違えずに呟いて、先生は僕の頭を抱え込むと唇を重ねた。
「たかが私立のお坊ちゃん学校だと思ってたのに、随分と手厳しいのがいるなって、最初はそう思っただけだった」
「先生…」
「怒った少年が君の腕を掴んだとき、触んな汚ねえ!って叫んだよね」
「…うん」
「そうしたら誰かが駆け寄る足音がして、君を掴んでいた生徒は逃げ出した」
 溜め息をついて、また唇を重ねて。今度は少しだけ口の中を舐められる。
「ん…っ、逃げる生徒を追おうともせず、君は髪を下ろして制服を調えた。まるで別人のような顔をしたんだ。何事もなかったかのようにね」
 あの時、駆けつけてくれたナツに、僕は何も話さなかった。ナツは僕が誰かから告られたんだって勘違いしてたから。
「驚いたな、あの時。同じ顔の生徒が走ってきて…それでようやく全部理解できて。ぼくはどうしようもないくらい、君に興味を持ったんだ」
 趣味が悪くてね、と囁いた先生の目が濡れてる。
 普通はああいうの、嫌悪するんだよ。なのに先生は、そういう僕のあくどいやり方にこそ惹かれたんだって。
 ほんと、趣味悪い。
「すぐに試験会場へ戻って、テストを受けたよ。どうしても嶺華に入りたくなった」
 掠め取るように、触れるだけのキスをする。言葉を紡ぎながら、何度も。
「どこの学校の先生でもいいと思っていたんだけどね、それまでは。必死に答案を埋めて、なりふり構わず面接で喋ってる自分に気付いたとき…」
 言いながら、身体を起こして。
 意地悪な笑みを浮かべ、真上から僕を見下ろしてる。ちらりと唇を舐めた姿は、ほんと猫みたい。
「絶対君に、責任を取らせようと思ったんだよ」
 先生の唇が降ってくる。舌先で唇をこじ開けられて、口腔の中を舐めまわされる。
 すごく熱くて、すごく気持ちいい。
「ナツくんを誰にも渡そうとしない、君の醜い独占欲。そのためなら誰を傷つけてもいいと思ってる傲慢さ。そういうので自分が縛られたら、君はどんな顔をするんだろうね?」
「先生…」
「ぼくは、大人だから。双子の弟まで取り上げたりはしないでいてあげるよ…」
 熱い言葉に、背筋が震えてぞくぞくするんだ。
「引き離そうと、したくせに?」
 尋ねる僕を見て、先生は艶めかしく笑ってる。
「同じポジションに、置こうとするからだよ。ぼくは君の弟になる気なんかない」
 ねだるように僕の髪をかき乱す先生の背中に手を回して、先生のしたいように任せていた。
「ん…っ」
 僕の頭を抱え込む先生が、切ない声を漏らして何度も何度も口付けてくれる。
「なのに…きみ、は…ナツくんのこと、ばっかりで…」
 熱い息の絶え絶えとする合間に、僕を責める言葉。
「もう…ゆるさない…」
「先生」
 さらさらの髪に手を置いて、惜しいと思いながら少し顔を遠ざけ、キスをやめさせる。先生は頬を上気させて、目を潤ませていた。
 濡れた唇から、濡れた息が零れてくる。
「ぜったい…ゆるさない」
「…うん」
 先生は僕の手を払いのけ、口付ける。僅かに腫れた唇が、頬から首に落ちて、先生はもどかしげに僕のネクタイを解いた。
 釦を外しながら、指で触れて、唇を押し付け、舌先で肌を濡らしてく。
「…キ、アキ…」
「先生」
「ぁ…んっ、ふ」
 僕の制服の釦を全部外してしまった先生は、甘えるみたいにうっとり目を閉じて、胸に舌を伸ばしてる。
「っ…先生、ちょ」
「ん…ぅ、んっ」
 背中を熱が走ってくのに、思わず笑みが浮かんだ。そんな必死になんないでよ。身体に教えるってこういうこと?
「ちょっと待ってって」