そうなったらやっぱり、可愛くて仕方なくなって……東京の自宅からでも十分会いに行ける、軽井沢の牧場で引き取ってもらうことにした。
広い北海道で暮らしてたのに、可哀相かとも思ったんだけど。世話してくれていた人たちが、会いに行ってやれるなら、その方がいいよって言ってくれたんだ。
「会わせてやるよ。予定がないなら、一緒に行かねえ?」
「…邪魔じゃないなら」
「お前が?邪魔だったら誘わねえよ」
オレが言うと、タケルは嬉しそうに微笑んで、頷いた。タケルのこういう作ってない表情が好きだ。
一生懸命に一琉ちゃんを守ろうとして、憮然とした大人の顔をしてるときも、確かにかっこいいけど。オレはそこから垣間見える、タケルの可愛さを気に入ってる。
そうだな。
出会ったときから、タケルのこういうギャップには興味を持ってたかもしれない。
今、ここに。オレのそばにタケルがいてくれて良かった。些細な行き違いでタケルの手を離さなくて、本当に良かったって思ってる。
一琉ちゃんの為に嶺華へ忍び込んでいたタケルと、何も知らなかったオレは、偶然出会っただけ。でも今、オレが頑張っていられるのは、やっぱりタケルのおかげだと思うから。
何でかな。タケルの声が、ツボだから?
思うように物事が進まなくて、苛々したり焦ったり。たまにだけど、辛い思いをしたり。オレはそういう時、タケルに電話をするんだ。アキと話すより、タケルと話す方が、自分が早く落ち着くって。気付いたのは最近。
普段口数の少ないタケルは、大抵オレの話に相槌を打ってくれるだけなのに。
なーんか、バイオリズムとかが、似てんのかな。タケルは絶妙の間で返事をしてくれる。
オレの欲しい言葉、欲しいと思った瞬間に、腰が抜けるほど気に入ってる声で囁くんだぜ?
偶然の出会いに感謝、って感じだよな。
窓の外に緑が増えてくる。
この坂を上りきったら、オレの家。
「なあタケル、泊まんのってオレの部屋でいいよな?」
何気なく尋ねると、タケルは急に顔を強張らせて、おろおろし始めた。
え?変なこと聞いたか?
「…狭くはねえと思うんだけど。アキとの二人部屋だし」
「いや、それは、全然」
「?…お前んちに泊まったとき、お前の部屋に泊めてもらったから、そういうの平気かと思って」
他人と一緒に寝るのダメとかって人もいるけど、大丈夫なんじゃねえの?
「一人の方がいいなら、ゲストルーム用意させるけど…。オレの部屋ならバスもついてるし、面倒なくていいかと思ってさ」
どういうわけか、オレの言葉にタケルは顔を真っ赤にさせて、俯いてしまう。
なんだよ、何かあるのか?
「タケル?」
「いや…その…アンタがいいなら…」
「??オレは別に、気にしねえけど」
「そ、そうか」
「一緒で構わねえ?」
「…うん。はい」
よくわからないけど、必死に何かを考えてるらしいタケルは、頭をかいたり深呼吸したりと、妙な緊張感を覚えてる様子。
別にそんな特殊な部屋でもないと思うんだけどな……そういえばタケルの部屋に泊めてもらった時、一琉ちゃんにオレを泊めるよう言われたタケルも、こんな感じだった。なんなんだろう?
首を傾げてタケルを見てる間に、オレたちの乗る車は、門の中へ吸い込まれていった。
車が止まるまでにようやく落ち着いたタケルは、降りた途端、ぽかんとした表情でオレんちを見上げてる。
う〜ん……やっぱりお前もか。
さすがに今まで、家に招いた友人たちのほとんどが同じだったから、こういう反応が普通なんだって、わかってきた。
うちの倍以上あるじいちゃんの家を先に知ってた幼馴染みの直人とか、この家で生まれ育ってるオレやアキにとって、普通の家なんだけど。世間一般からいうと、ちょっとばかり大きいかもしれない。
でも住み込みで働いてくれてる人たちもいるし、意外とゲストを招く機会もあって人の出入りが多いから、あんま広いとも思わないんだけど。
「タケル〜?大丈夫か〜?」
呆然としてるタケルの横に立って、声をかけてやる。はっとしたタケルは取り繕うようにいつもの表情になったけど、それでもやっぱり溜め息吐いていた。
「…俺、泊めてもらっていいのか?」
「もちろんだけど、タケルが嫌なら今からでもホテルとるか?」
「嫌なわけじゃないんだ…ちょっと、驚いただけ」
「なんかな〜。オレにとっちゃ普通の家なんだけど、みんなそう言うんだよな」
扉の前に立ってると、それは内側から開いて、執事をしてくれてる垣内(カキウチ)が迎えに出てくれた。
母さんが結婚したときから、この家を取り仕切ってる垣内は、家の全部を把握している我が家の陰の実力者。オレとアキも昔はよく叱られた。
「お帰りなさいませ、千夏様」
「ただいま。みんな変わりない?」